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3月7日の世界の昔話
  
  
  
  命のランプ
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 むかしむかし、一人のヒツジ飼いが、山の上の小屋にすんでいました。
 おくさんも子どももいないので、ヒツジを何よりもたいせつにしていました。
 ある晩、ねるしたくをしていると、トントンと、戸をたたく音が聞こえました。
  「だれかね?」
 入り口には黒い服を着た、青白い顔の女がたっていました。
  「わたしは『病気』です。一番いい子ヒツジをください。くれなければ、あなたをつれていきます。あなたはすぐに病気になって、死んでしまいますよ」
  「なんだって! かわいい子ヒツジをだれがやるものか。わしは丈夫だから、病気なんかにかかるはずがない!」
 女は、だまって帰っていきました。
 ヒツジ飼いが、やっとベッドに入ろうとすると、まただれかが戸口にやってきました。
  「だれかね?」
  「わたしは『災難(さいなん)』です」
 『病気』の女より、やせた女でした。
  「一番いい子ヒツジをください。くれなければ、あなたをつれていきます。あなたはかならず、災難にあいますよ」
  「わしのかわいい子ヒツジは、だれにもわたさんぞ。わしはとっても用心ぶかいから、災難なんぞにあうはずがない」
 女が帰ると、ヒツジ飼いはベッドに入りました。
 まもなく、まただれかがやってきました。
  「わたしは『不幸(ふこう)』です。あなたをつれにきたのです。でも、一番いい子ヒツジをくれれば、つれていくのはやめます」
 『不幸』は、ガイコツのような女でした。
 ヒツジ飼いは、頭をかかえました。
  「不幸は、自分だけではふせげない。まわりからもやってくるから」
 ヒツジ飼いはしかたなく、子ヒツジをさし出しました。
  「さあ、これをもっていくがいい」
  「いいえ、あなたがもってきてください」
 ヒツジ飼いはしかたなく、女のあとからついていきました。
 やがて、さびしい野原の城につきました。
  「これが、わたしたちのすまいです」
 女がとびらをあけると、天井もかべもまっ黒で、数えきれないほどのランプがありました。
 光が、うす気味悪くゆれました。
  「このたくさんのランプは、なんだろう?」
 ヒツジ飼いがたずねると、女はいいました。
  「これは人間のいのちです。ランプがもえていれば、その人は生きている。消えれば死ぬのです」
  「じゃあ、わたしのランプもあるだろうか?」
  「もちろんあります。あれですよ」
 それは、まだ油がたっぷりと入っていて、明るく、いきおいよくもえていました。
 でも、すぐとなりには、今にも消えそうなランプがひとつ、さがっているではありませんか。
  「おお、気のどくに、だれのランプだろう?」
  「あれは、あなたの弟さんのです」
 ヒツジ飼いは、ビックリしました。
 これまでは、あまりなかのよくない弟でしたが、今にも死にそうに弱っていると思うと、むねがしめつけられそうでした。
  「おねがいだ。わしのランプから弟のランプヘ、油を少しうつしてやってくれないか」
 ヒツジ飼いは、ふかく頭をさげました。
  「それはできません。油は一度入れたら、あとで入れたり出したりできないのです」
  「どうしても、弟を助けてやれないのか?」
  「ええ、どうしても」
  「なんだと! 子ヒツジは、もうあんたにはやるもんか! 弟が死にそうだと知ったら、わしはとても不幸になった!」
 ヒツジ飼いは、かわいい子ヒツジをだきしめて、山の小屋まで走りました。
 次の日のことです。
 ヒツジ飼いが村へ行くと、教会の鐘(かね)が悲しくひびいて、だれかの死の知らせをしていました。
 ヒツジ飼いは、村人にたずねました。
  「だれが、なくなったのですか?」
  「えっ、まだきいていなかったのかい? なくなったのは、あなたの弟さんですよ」
 ヒツジ飼いは、ゆうべのランプがうそでなかったことを知って、ひどく悲しみました。
おしまい