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牢の中の娘
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むかしむかし、一人の娘が両国橋(りょうごくばし)のたもとに倒れていましたが、みんなは通りすぎるばかりで、だれ一人ふりかえろうとしませんでした。
娘のかっこうからすると、どうやら旅の巡礼(じゅんれい→聖地・霊場を参拝してまわること)のようです。
さて、もう日がくれかかろうとしているころ、四角い荷物をせおった、若い商人の男が通りすぎようとして、娘に気がつき立ちどまりました。
娘を見てみると、ひどく疲れた顔をしていますが、ほっそりとした顔立ちで、どことなく品のある娘でした。
「ああ、これはひもじゅうて、歩けんのじゃな」
その若者は直吉(なおきち)という、貧しい小問物商人(こまものしょうにん→化粧品など、こまごましたもの扱う商人)でした。
娘がひもじくて動けないのが一目でわかったのは、自分も小さいときから、ひもじい思いをしてきたからです。
直吉は娘をかわいそうに思い、自分の長屋(ながや)へとつれて行きました。
そして、少しばかりのこっていたお米でおかゆを作ると、娘に食べさせようとしました。
ですが娘は、ひと口おかゆをすすると小さな声で、
「ありがとう」
と、いって、そのまま死んでしまったのです。
直吉は自分の貯金をみんなつかって、なんとか娘の葬式(そうしき)を出してやりました。
でもそのおかげで食べるものも買えなくなった直吉は、いく日もいく日も、ひもじい思いをしなければなりませんでした。
ところがある日の朝、直吉が起きてみると、ちゃんと朝ごはんのしたくができているのです。
そんな事が何日もつづいているうちに、娘の幽霊(ゆうれい)が、米屋や、八百屋(やおや)や、魚屋に現れるといううわさが町に広がりました。
そして娘の幽霊がきたあとは、かならず店の品物が少しずつなくなっているというのです。
その話は、町中の評判になりました。
そしてついに、
「米も、野菜も、魚も、みんな直吉の家へ持っていくんじゃ」
「きっと直吉が幽霊をつかって、ぬすみをはたらかせているにちがいない」
と、いうことになってしまったのです。
それでとうとう直吉は役人につかまって、取調べをうけることになりました。
「そのほうは、幽霊をつかってぬすみをはたらく、妖術(ようじゅつ)つかいじゃそうな。まこと、それにそういないか?」
「いいえ、とんでもございません! なんでこのわたくしに、そのようなおそろしい妖術などがつかえましょう」
「だまれ! 町の者が、さようにもうしておるぞ。うせた品々(しなじな)はみな、そちの家へまいっておるとな。世をみだす、にっくきやつじゃ。重いおしおきをうけるがよい」
直吉は罰(ばつ)として、何日も何日も、一人だけの暗い牢屋(ろうや)に放り込まれてしまいました。
ところがその直吉のとなりには、いつも巡礼(じゅんれい)すがたの美しい娘が、よりそうようにすわっていたという事です。
おしまい
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