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2008年 4月23日の新作昔話
とっくり幽霊
江戸小話 → 江戸小話とは?
むかしからお酒の好きな人は、意地がきたないと言われています。
お酒があるうちは、
「もう一本」
「もう一本だけ」
「ほんとに、もう一本だけ」
「最後にもう一本」
などと言いながら、ついつい全部飲んでしまうからです。
でもこれが出来るは、お酒を買える幸せな酒飲みで、お金のない酒飲みは、こうはいきません。
さて、ある長屋に貧乏な侍がいました。
大のつく酒飲みでしたが、その日ぐらしがやっとのありさまで、酒などめったに飲む事が出来ません。
この男があるとき、病で倒れてしまいました。
男はまくらもとに、おかみさんをよんで、
「わしがこのまま死んだら、なきがらはどうか、備前の国(びぜんのくに→岡山県)の土にうずめてくれ」
と、弱々しい声で頼みました。
「はい、それはよろしゅうございますが、あなたは備前の国には、縁もゆかりもないでしょうに」
おかみさんが、不思議そうに言うと、
「わしはこれまで、好きな酒を思うように飲めなかった。せめて死んでからは、ゆっくりと酒を飲みたい。酒のとっくりは、備前の土で焼いたものが一番よいとされている。備前の土になってとっくりに焼かれれば、いつでも酒を入れておいてもらえるからな」
と、男はいいました。
しばらくすると男はあの世にいってしまい、備前の土にうめられました。
「願い通りにしてあげたのだから、どんなに喜んでいる事でしょう。いまごろはもう、とっくりに焼かれておいしいお酒を入れてもらい、幸せにしている事でしょうね」
おかみさんがそう思っていると、ある晩おそく、男が幽霊になって現れました。
「うらめしや〜。水をくれえ、のどがかわいてたまらんのだ」
「あら? いったい、どうなされました。願い通り備前の土になって、とっくりに焼かれたのではありませんか?」
おかみさんがきくと、
「ああ、お前のおかげで備前の土になることができ、とっくりにも焼かれた。しかし、それがとんだあてはずれでな。悲しいことに酒のとっくりではなく、しょうゆのとっくりなんだ。毎日しょうゆびたりだもんで、のどがかわいて、かわいて、たまらずに出てきたのだ。うらめしや〜、水をくれえ」
「はいはい、いまあげますよ」
おかみさんがひしゃくに水をくんでさし出すと、男はうまそうにごくごくと飲んで、すうっと消えていったそうです。
おしまい
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