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2009年 4月3日の新作昔話
犬と鏡
吉四六(きっちょむ)さん → 吉四六さんについて
むかしむかし、きっちょむさんと言う、とてもゆかいな人がいました。
ある年の暮れの事、きっちょむさんがお正月に必要な物を町へ買いに来ていると、突然横道から女の子の泣き声がして、続いて大勢の子どもたちが騒ぐ声が聞こえてきました。
「はて、何事だろう?」
きっちょむさんが急いでその横道に入ってみると、子どもたちがある侍屋敷の裏門の周りに集まって騒いでいるのです。
後ろからのぞいてみると、門のわきにつないである一匹の猛犬が、きれいなマリをくわえて子どもたちをにらみつけながら、
「ウー! ウー!」
と、うなり声をあげているのです。
きっちょむさんが子どもたちに話を聞いてみると、この町の油屋の娘が落とした大切なマリを、犬がくわえて放さないというのです。
子ども好きのきっちょむさんは、泣いている油屋の娘に言いました。
「よしよし、心配するな。おじさんが取ってやるからな」
きっちょむさんは犬に手を出して、犬をなだめようとしましたが、
「ウッーー!」
犬はせっかく手に入れたおもちゃを取られると思い、ちょっとでも近づくと噛みつく姿勢を取ります。
「こりゃ、知らない人では駄目だな。飼い主でなくては」
きっちょむさんは家の中に声をかけましたが、あいにくとみんな出かけているらしく、家には一人もいません。
「こうなると、エサでつるしかないな」
そこできっちょむさんは、正月用に買ってきたおもちを一つ、犬に放り投げたのですが、この犬は普段から良くしつけてあるので、飼い主がやるエサしか食べないようです。
さすがのきっちょむさんも、相手が犬ではいつものとんちがはたらきません。
油屋の娘を見ると、きっちょむさんが何とかしてくれると思い、まっすぐな目でじっときっちょむさんを見つめています。
「うーん、これは難題だな」
しばらく犬の顔をじっと見つめていたきっちょむさんは、
「あ、そうだ! たしか買った物の中に、嫁さんに頼まれていたあれがあるはず」
きっちょむさんは荷物の中から何かを取り出すと、すたすたと犬に近づいて、取り出したある物を犬の鼻先にさしむけました。
すると犬は驚いて、
「ワン!」
と、吠えたのです。
そのとたん、マリは犬の口から離れて、コロコロときっちょむさんの前に転がってきました。
きっちょむさんは素早くマリを拾い上げると、喜ぶ油屋の娘にマリを返してあげました。
「おじさん、ありがとう。でも、何で犬はマリを放してくれたの?」
たずねる油屋の娘に、きっちょむさんはさっき犬に見せた物を見せました。
「あ、かがみだ!」
犬はかがみに映った自分の姿を見て、かがみの中に別の犬がいると思い、その犬にむかって吠えたのでした。
おしまい
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