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福娘童話集 > 日本のこわい話(百物語)
百物語 第11話
猫又屋敷(ねこまたやしき)
むかしむかし、ある屋敷に、とてもネコの好きな女中さんがいました。
この女中さんが可哀想な捨てネコを拾ってきて飼い始めたのですが、この屋敷のおかみさんはネコが大嫌いで、ネコがそばに来ただけでも殴ったり、蹴飛ばしたりします。
「どうして、ネコなんか飼うんだい! 早く追い出しておしまい!」
ところが、おかみさんにいくら言われても、女中さんはネコを捨てようとはしません。
そこでとうとう、腹を立てたおかみさんが言いました。
「ネコを捨てないのなら、お前には出て行ってもらうよ!」
女中さんは、どうすればよいのか、すっかり困ってしまいました。
するとどうしたことか、ネコが急に姿を消したのです。
「やれやれ、これでさっぱりしたよ」
おかみさんは喜びましたが、女中さんはさびしくてなりません。
毎日毎日、ネコの事を思って泣き暮らしていました。
ある日、旅のお坊さんがやってきて、女中さんにたずねました。
「どうした? えらく元気がないように見えるが」
そこで女中さんが、可愛がっていたネコの事を話しますと、
「そうか、あのネコを可愛がっていたのは、お前さんだったのか。よいよい、心配するな。そのネコなら、この山奥にいるから安心するがよい」
と、なぐさめてくれたのです。
女中さんはそれを聞くと、どうしてもネコに会いたくなりました。
それで一日だけひまをもらって、お坊さんの言っていた山へ出かけました。
だけど広い山の中、ネコがどこにいるのかさっぱりわかりません。
あちらこちらと探しているうちに、すっかり日が暮れてしまいました。
ちょうどそこへ、木こりが通りかかったので、
「すみませんが、この辺りに泊まれるような小屋はありませんか?」
と、たずねますと、
「それなら、この道をもう少しのぼっていくがよい」
と、教えてくれました。
教えられた通りに進んでいくと、あかりが見えて大きな屋敷に出ました。
「どうして、こんな山の中に屋敷があるのだろう?」
女中さんが不思議に思ってながめていると、中から美しい女が出てきました。
女中さんは、頭を下げて言いました。
「わたしは、可愛がっていたネコに会いたくてやってきましたが、日が暮れて困っています。どうか今夜一晩泊めてください」
すると美しい女は、みるみる恐ろしい顔になって、
「フギャー! お前も、食い殺されたいのか!?」
と、言ったのです。
「きゃあー!」
女中さんがびっくりして逃げ出そうとすると、中からおばあさんが出てきて言いました。
「すみません、娘がおかしな事を言って。さあ遠慮なく、ここへ泊まっていってくださいな」
おばあさんは女中さんを抱きかかえるようにして、屋敷の中へ入れました。
でも女中さんは気味が悪くて、体の震えが止まりません。
「おやおや、そんなに心配しなくても大丈夫。安心して休んでいくがいいよ」
おばあさんは女中さんに、あたたかいごはんを食べさせて布団をしいてくれました。
ところがその晩の事、女中さんが夜中にふと目をさますと、隣の部屋で何やら話し声がするのです。
(あの二人は、もしかして人食い鬼かも)
女中さんは起きあがって、そっと、しょうじを開けてみました。
しかしそこには美しい女が二人、すやすやとねむっているだけです。
「おかしいな。確かに、話し声がしたのだけれど」
女中さんは思いきって、その次の部屋も開けてみました。
するとそこにも、美しい女が二人ねむっていました。
(気のせいかしら?)
自分の部屋に戻ってしばらくすると、また話し声が聞こえてきました。
じっと耳をすませてみると、どうやらおばあさんが、あの娘に言いきかせているようです。
「あの女中はネコに会いに来た、やさしい女じゃ。だから決して、噛みついたりしてはいけないよ」
それを聞くと、女中さんは思わず立ちあがりました。
(ここは化けネコ屋敷だわ。このままでは、今に食い殺されてしまう!)
女中さんはあわてて荷物をまとめると、こっそり部屋を抜け出そうとしました。
するとそこへ、一匹のネコが入ってきました。
ふと顔を見ると、女中さんが可愛がっていたネコです。
「まあ、お前!」
女中さんは怖いのも忘れて、ネコに呼びかけました。
するとネコは、人間の声で言いました。
「ご主人さま。よくたずねてくださいました。
でも、もうわたしはあの屋敷へ戻る事は出来ません。
すっかり年を取ってしまったので、仲間と一緒にここで暮らす事にします」
「そんな事を言わないで、戻っておくれ。
お前がいないと、わたしはさびしくてたまらないのよ。
あの屋敷が駄目なら、ほかの屋敷で一緒に暮らしてもいいわ」
「ありがとう。
あなたのご恩は、決して忘れません。
でも、ここへ来るのはネコの出世なのです。
ここは、日本中から選ばれたネコがやってくる『猫又屋敷』です。
ここにいるみんなは人間にいじめられたネコですから、あなたに何をするかわかりません。
さあ今のうちに、これを振りながら逃げてください」
そう言ってネコは、白い紙包みをくれました。
「・・・わかったわ。ではお前も元気でね」
女中さんが屋敷の外へ出ると、何千匹というネコが、うなり声を上げながら集まってきました。
女中さんが白い紙包みを振ると、ネコたちはいっせいに道を開けてくれました。
おかげで女中さんは、無事に山をおりる事が出来ました。
さて、家に帰って紙包みを開いてみると、内側には犬の絵がかいてあり、不思議な事にその犬は、本物の小判を十枚もくわえていたのです。
「まあ、そんな大金どうしたの?」
おかみさんが、驚いてたずねました。
そこで女中さんは、ネコに会ってきた事を詳しく話しました。
「へえーっ、それじゃ、わたしも山へ行ってくるよ。女中のお前が小判十枚なら、その主人のわたしは、百枚はもらえるだろうからね」
次の日、おかみさんは女中さんが止めるのも聞かずに、山をのぼっていきました。
やがて女中さんの言った通り、大きな屋敷の前に出ました。
「もしもし、わたしは、可愛がっていたネコに会いに来ました。今夜一晩泊めてください」
大声で呼ぶと、中から美しい女が出てきました。
女はじろりとおかみさんを見て、すぐ屋敷の中に引っ込みます。
そしてまもなく、おばあさんが出てきました。
おばあさんは女中さんと同じ様に、おかみさんに温かいごはんを食べさせてくれて、布団までしいてくれました。
さて真夜中の事。
おかみさんは話し声もしないのに、隣の部屋のしょうじを開けました。
するとそこには大きなネコが二匹いて、じっとこちらをにらんでいるのです。
「うひゃーっ!」
おかみさんはあわてて、次の部屋のしょうじを開けました。
するとそこにも大きなネコが二匹いて、じろりとおかみさんをにらみつけます。
目がらんらんと光って、今にも食いつきそうです。
もう、小判どころではありません。
おかみさんは逃げ出そうとしましたが、腰が抜けて動けません。
「あわ、あわ、あわ……」
おかみさんが震えていると、そこへ自分の屋敷にいたネコが入ってきました。
「おっ、お前、会いたかったよ。さあ、一緒に帰ろう」
おかみさんは必死になって、ネコに話しかけました。
そのとたん、ネコは、
「しらじらしい事を言うな! よくも長い間、いじめてくれたな!」
と、言うなり、おかみさんに飛びかかって、のどぶえに噛みつきました。
「ぎゃあーー!」
のどを噛み切られたおかみさんは、血まみれになって死んでしまったそうです。
おしまい
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