|
|
福娘童話集 > 日本のこわい話(百物語)
百物語 第22話
おいてけぼり
むかしむかし、あるところに、大きな池がありました。
水草がしげっていて、コイやフナがたくさんいます。
でも、どういうわけか、その池で釣りをする人は一人もいません。
それと言うのも、ある時、ここでたくさんフナを釣った親子がいたのですが、重たいビク(→さかなを入れるカゴ)を持って帰ろうとすると、突然、池にガバガバガバと波が立って、
「置いとけえー!」
と、世にも恐ろしい声がわいて出たのです。
「置いとけえー!」
驚いた親子は、さおもビクも放り出して逃げ帰り、長い間、寝込んでしまったのです。
それからと言うもの、恐ろしくて誰も釣りには行かないというのです。
「ウハハハハハッ。みんな、意気地がないのう」
うわさを聞いた、三ざえもんという人がやってきました。
「よし、わしが行って釣ってくる。いくら『置いとけえー』と言われても、きっと魚を持って帰って来るからな、みんな見とれよ」
三ざえもんは大いばりで池にやって来ると、釣りを始めました。
初めのうちは、一匹も釣れませんでしたが、
♪ゴーン、ゴーン。
夕暮れの鐘が鳴ると、とたんに釣れて、釣れて、釣れて、ビクはたちまち魚でいっぱいです。
「さあて、帰るとするか。魚はみんな、持って帰るぞ」
すると池に波が、ガバガバガバ。
「置いとけえー!」
世にも恐ろしい声が聞こえました。
「ふん、誰が置いていくものか」
三ざえもんは平気な顔で言うと、肩をゆすって歩き出しました。
ところがしばらくすると、後ろから誰かついてくるのです。
見ると、それはきれいな女の人です。
女の人は、三ざえもんに追いつくと言いました。
「もし、その魚、わたしに売ってくれませんか?」
「気の毒だが、これは駄目だ。持って帰る」
「そこを、何とか」
「駄目と言ったら、駄目だ!」
「どうしても?」
「ああ、どうしてもだ!」
「こうしても?」
姉さまはかぶっていた着物を、バッと脱ぎ捨てて言いました。
「置いとけえー!」
女の人の顔を見た三ざえもんは、ビックリです。
何と女の人の顔は、目も鼻も口もない、のっペらぼうだったのです。
しかし、さすがは豪傑(ごうけつ)の三ざえもんです。
「えい、のっぺらぼうが何じゃい! 魚は置いとかんぞ!」
そう言って、しっかり魚を持って、家に帰って行きました。
「ほれ、ほれ、帰ったぞ。たくさん釣ってきたぞ」
三ざえもんは得意になって、おかみさんに言いました。
おかみさんは、心配そうにたずねました。
「あんた、大丈夫だったかい? 怖い物には、出会わなかったかい?」
「出会った、出会った」
「どんな?」
「それはだな・・・」
三ざえもんが答えようとすると、おかみさんは、ツルリと顔をなでて言いました。
「もしかしたら、こんな顔かい?」
とたんに、見なれたおかみさんの顔は、目も鼻も口もない、のっペらぼうになったのです。
そしてのっぽらぼうは、怖い声で怒鳴りました。
「置いとけえー!」
「ひゃぇぇぇー!」
さすがの三ざえもんも、とうとう気絶(きぜつ)してしまいました。
やがて目を覚ました三ざえもんは、キョロキョロとあたりを見回しました。
「あれ、ここはどこだ?」
確かに家へ帰ったはずなのですが、そこはさびしい山の中で、魚もさおも、全部消えていたということです。
おしまい
|
|
|