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百物語 第30話
天狗の酒盛り
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むかしむかし、急ぎの仕事で箱根の山を越えようとする、二人連れの飛脚(ひきゃく)がいました。
♪えっさ、ほいさっさ
♪えっさ、ほいさっさ
やがて日も西に傾き、月が街道をほんのりと照らしました。
「おい、見ろよ。いい月だぜ」
「うん。それにしても、前の方から、にぎやかな声が聞こえてこないか?」
「ああ、聞こえる、聞こえる。もしかすると、旅の人かな?」
「それにしても、馬鹿に派手じゃないか」
「うむ。大勢のようだが、まさか殿さまの行列が、こんな夜中に通るわけもないし」
不思議に思いながらも二人が走っていくと、街道をさえぎった紅白の幕にぶつかりました。
にぎやかな声は、その中から聞こえてきます。
歌声や手拍子に、楽しそうな笑い声も聞こえてきます。
二人の飛脚は、幕の外から耳をそばだてました。
「おい。どうやら、酒盛りの最中らしいな」
「うん。つづみや太鼓の音も聞こえてくるぞ」
「しかし、こんなところで酒盛りされては邪魔だ。こちとら、急ぎの飛脚なのに」
「そうだ、江戸までは、まだまだ遠いぞ」
そこで二人は、幕の中に向かって声をかけました。
「もし、もし。わたくしどもは、急ぎの飛脚でございます」
「なにとぞ、ここをお通しくださいませ」
すると幕の中から、年寄りらしい声が丁寧に返事をしました。
「おう、飛脚どのか。遠慮のう、お通りなされ」
そこで二人は、
「では、遠慮無く」
と、幕をくぐって中に入りました。
すると不思議な事に、今まであった紅白の幕が、パッと消えてしまったのです。
歌声も笑い声も、つづみや太鼓の音も突然消えて、ただ明るい月が、いつもの街道をさびしく照らしているだけです。
二人の飛脚はびっくりして、しばらくきょとんとしていましたが、やがて、
「えい。奇妙な事だが、こうしてはおれぬわ」
「その通り。それ、急げ!」
と、二人が走り出すと、後ろの方から、またもやにぎやかな酒宴の騒ぎが聞こえてきました。
(はて?)
二人が一緒に振り返ると、消えたはずの紅白の幕が、いま通ってきたばかりの街道に張られているではありませんか。
「おいおい、こりゃ、ひょっとすると、うわさに聞いた天狗の酒盛りじゃなかろうか?」
「うん。どうやら、そうらしいな」
「うっかりしとると、つかまるぞ」
「それ、逃げろ!」
二人の飛脚は、大急ぎで逃げていきました。
おしまい
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