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百物語 第37話

海坊主にあった船のり

海坊主にあった船のり

♪音声配信
スタヂオせんむ

 むかしむかし、徳蔵(とくぞう)という船乗りがいました。
 船乗りの名人として知られ、徳蔵の操る船は、どんな嵐も乗り切り、これまで一度として遭難(そうなん)した事はありません。
 だから船主たちは、大事な荷物を運ぶ時、必ず徳蔵の船を選ぶほどです。
 しかし、そんな徳蔵にも、肝(きも)を冷やす様な出来事がありました。

 ある日、徳蔵は荷物を降ろした後、のんびりと船をこいでいました。
 空は晴れ、おだやかな波の上で海鳥たちがたわむれています。
「何て静かな海だ」
 すっかり良い気分になった徳蔵は、歌を口ずさんでいました。
 はるか向こうに、島影が見えた時です。
 ふいに、生暖かい風が吹いて来て、波が高くなりました。
 沖の方を振り返ると、さっきまで晴れていた空に黒い雲がわき出し、みるみる広がって行きます。
「おかしいなあ?」
 徳蔵は、首を傾げました。
 これまで長年の経験で、こんな日は絶対に嵐などやってきません。
 それでも、あたりは暗くなり、船の上まで黒雲がたれてきました。
 波はいよいよ高くなり、船が大きく揺れます。
 やがて雨が降り始めると、激しい嵐になりました。
(こういう時は波に逆らわず、じっとしている事だ)
 徳蔵は船をこぐのを止めると、ろ(→船をこぐための棒)を船に引き上げたまま、船のバランスを取る為に、船底にうずくまっていました。
 船はまるで、木の葉の様に揺れます。
と、その時、目の前の海から黒い物が浮きあがり、あっと言う間に高さ一丈(約三メートル)ほどの大入道になりました。
「ば、化け物!」
 さすがの徳蔵も、ビックリです。
 けれど、腕ききの船乗りだけの事はあり、慌てずにその化け物をにらみつけました。
 化け物の両眼が、ランランと光っています。
 そして、うなるような声で言いました。I
「どうじゃ、わしの姿は恐ろしかろう!」
 すると徳蔵も、負けじと言い返します。
「何が恐ろしいもんか。世の中には、お前より恐ろしい物はいくらでもいる。とっとと消えうせないと、このろで叩き殺すぞ!」
 徳蔵のすごいけんまくに、逆に化け物が慌てました。
「チビのくせに、恐ろしい男だ」
 化け物はそのままスーッと海へ沈むと、それっきり姿を見せなくなりました。
と、同時に嵐が止み、再び空に日が戻ります。
 家に戻って、この事を近所の物知り老人に話したら、それは海坊主という妖怪(ようかい)で、からだがうるしのように黒く、嵐を起こして船を沈めるというのです。
(なるほど、それにしても、よく船を沈められずにすんだものよ)
 この話しはすぐに広まり、海坊主を追い払った船乗りとして、徳蔵への仕事の依頼(いらい)は、ますます増えたということです。

おしまい

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