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百物語 第120話

雪の夜どまり

雪の夜どまり

 むかしむかし、ある年の冬のこと。
 ひとりのまたぎ(→狩人のこと)が、ふかい山のなかでえものをおっかけているうちに、すっかり日がくれてしまいました。
 さてどうしたもんだろうと、あたりをみまわすと、それほど遠くないところに、ポツンとひとつあかりがみえました。
「こら、天のたすけだ」
 またぎは、あかりのほうへと歩きだしました。
 ふかい雪の中をころがったり、しりもちをついたりして、やっとたどりついてみますと、それは炭焼き小屋でした。
 ドンドンドン
 またぎが小屋の戸をたたくと、親方が顔をだしてきました。
「おら、秋田からこの山さきた、またぎだども、山んなかでこの大雪だ、家さ、かえろうにもかえられねえ。なんとかひとばん、どこぞのかたすみでええから、とまらしてくれねえべか」
 またぎが、すがるようにしてたのむと。
「ああ、ええとも、ええとも。まんずこんなあばら家だが、入ってけれ」
 親方はこころよく、またぎをむかえ入れて、ろばた(いろりのそば)へすわらせました。
 またぎがホッとしていると、親方がこんなことをいいだします。
「じつは、ひとつたのみてえことがあるだ。こんな大雪だども、おら、なんとしても下の村さおりていかねばなんねえ用事があってな。ちょうどいいぐあいに、おめえさまがきてくれた。なんともすまんだども、じきにかえってくるけに、ちょっとのあいだるすをたのまれてけれ」
 またぎは、小屋に入れてもらったお礼にと、
「ああ、ええとも、ええとも。おやすいご用だ。安心していってけれや」
と、るすをひきうけました。
「それをきいて大だすかりした。ただ、火をもやすことだけは、わすれねえようにしてけれや。そこのすみっこにたきぎがなんぼでもあるから、どんどんもやしてけれ」
と、いいのこして、親方は大雪のなかをいそぎ足ででていきました。
 またぎはろばたにポツンとひとりすわって、たきぎをくべているうちに、からだもあったまってきたし、つかれもでてきたので、いつのまにかウトウトと、ねむってしまいました。
 ハッと気がつくと、火が下火になっています。
 へやのすみっこのほうからたきぎをもってきて、くべながら、
「それにしても親方のかえりはおせえなあ。もっとも、この大雪でこの暗さじゃあ、きっとなんぎしているんだべ」
 などとかんがえながら、またウトウトと、ねむってしまいました。
 どのくらいたったのか、ゾクゾクと寒さをおぼえて目をさましてみると、もうすっかり火がきえてしまっています。
「こらいかん、火がきえたら、オオカミ(→詳細)のやつがやってくるぞ」
と、たちあがって、たきぎをとりにいこうとすると、へやのかたすみにたてかけてあるびょうぶのかげで、なにやらものの動くけはいがしました。
「はて、この小屋には、今夜はおらのほかには、だれもおらんはずじゃが」
 するとこんどは、ズリッズリッと音がしました。
 またぎがこわごわそっちのほうをみてみると、びょうぶのむこうに、女の人の首がみえます。
「わあっ、ばけもんだ。た、た、たっ、たすけてけれ!」
 おもわずさけぶと、そこらにあった杉の葉やたきぎやらを、かまわずなげこんで、大いそぎで火をつけました。
 火がパッと、あかるくもえあがります。
 すると、なにやらバタバタとにげていくような音がして、やがてしずかになりましたが、またぎはもう、生きたここちがしません。
 ガタガタとふるえながら、
「はやく夜が明けてけれ、はやく親方かえってきてけれ」
と、おんなじことをとなえるばかりです。
 ようやく夜が明けてきました。
 またぎがホッとしたところへ、親方が村人を四人ばかりつれてかえってきました。
「ああ、すまねがった。とうとう夜が明けちまったが、ゆんべはよくねむれたべか」
「いんや、ゆんべは、えらいおっかねえめにあった。とてもねむられるどこのさわぎじゃねえ」
と、ゆうべおこったことを、すっかり親方にはなしてきかせたのです。
 すると親方は、あらたまった顔になって、
「なんともすまねがった。じつはにょうぼうが、きゅうにからだのあんべえ悪くなってな、死んでしまったんだ。おめえさまのくる少し前のこんだった。それで、村さおりて人をよばってこようとおもったども、るすのあいだに火がきえてしまえば、オオカミがやってきて、にょうぼうを食ってしまう。はて、どうしたもんだろうと思案しておったところへ、おめえさまがやってきてくれた。それで、おめえさまには悪いとおもったども、だまってるすばんをたのんで、でていったっちゅうわけだ。夜中に火がきえたとき、オオカミのやつが、にょうぼうばつかまえてでていこうとしたのだべえ。おめえさまが火をもしてくれたおかげで、たすかっただ。こわいめばあわして、めんほくしだいもねえ。これこのとおりあやまるで」
と、またぎに頭をさげてあやまりました。
 ゆうべは、ばけもんのほうにすっかりきもをつぶしてしまって、オオカミには気がつきませんでしたが、そういわれてあたりをみまわすと、たしかに小屋のゆかに、けものの足あとがいくつかついています。
 またぎは山のなかでなん十年とくらしてきましたが、こんなおそろしいめにあったのは、あとにもさきにも、これがはじめてだったということです。

おしまい

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