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百物語 第151話
弥じゃどんの首
むかしむかし、弥(や)じゃどんという百姓(ひゃくしょう)が、隣村へ行こうと舟で川を渡っていました。
舟の上から流れを見ると、きれいに澄んだ川底に、大きな川ガニが何匹も見えています。
「おっ、カニじゃ」
そこで弥じゃどんは、かついでいた草刈(くさかり)ガマの先で、川ガニを追い回しました。
すると。
ポッチャーン!
と、音がして、川の中へ何かが落ちました。
何とそれは、弥じゃどんの首でした。
弥じゃどんは、うっかり自分の首を、カマでバッサリと切り落としてしまったのです。
「はて? どこかで見たような顔じゃが。どこで見た顔だったかな? ・・・えーと、そうじゃ! けさ、顔を洗った時に見た、手おけの水にうつったおれの顔にそっくりじゃ。それにしても、よく似た顔もあるものじゃなあ」
そう言いながら、弥じゃどんは、ヒョイと片手を自分の首にあててみました。
「ありゃ、首がない?」
今まで、確かについていた首がありません。
「すると、あの首はおらの首か。まあ、よかった。早いこと気がついたおかげで、遠くまで流されずにすんだ」
弥じゃどんは、急いで川の中から自分の首を拾い上げると、また、元通りに首を肩の上にポンと乗せました。
「やれやれ。よかった、よかった」
弥じゃどんは、ホッとして舟をこぎ出しました。
やがて向こう岸に着くと、弥じゃどんは鼻歌を歌いながら、隣村の方へと歩いていきました。
ところが、歩いても歩いても、いっこうに隣村へは着きません。
「はて、おかしいな。方角を間違えるはずはないし」
弥じゃどんが、ブツブツ言いながら歩いているうちに、何やら見覚えのある家の前にやってきました。
立ち止まってよく見ると、それは自分の家でした。
「これは不思議な事だ。自分の家に戻ってしまったぞ。これはどうした事だ?」
どうして元へ戻ってしまったのか、さっぱりわかりません。
「はて?」
弥じゃどんは、手を首の所にあててみて、ハッとしました。
「こりゃいかん。首が後ろ前についとる」
さっき首を拾ってつけたとき、あんまりあわてていたので、首を後ろ向きに乗せてしまったのでした。
「これでは、先に行くつもりが、元に戻ってしまうわけだ」
弥じゃどんは苦笑いをすると、急いで首の向きを戻して、今度はちゃんと、隣村へ行ったそうです。
おしまい
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