福娘童話集 > 日本のこわい話(百物語)
百物語 第152話
海坊主
むかしむかし、ある夏の事です。
漁師(りょうし)たちが海で魚を取っていましたが、どうした事か、今日は思うように魚が取れません。
「仕方ない、もっと沖へ行こう」
「そうだな。これでは、かせぎにならん」
そこで船を沖へ移動させると、今度は面白いように魚が取れます。
そこでついつい、夢中で取っているうちに、すっかり日が暮れてしまいました。
「さあ、今日は、もう帰るぞ」
そう言って漁師たちがアミをしまっていると、突然波の中から、坊主頭の様な物が、浮かび上がってきました。
「でっ、出たー! 海坊主だー!」
漁師はみんな、ブルブルと震え上がりました。
「なにをボヤボヤしている! はやく船をこいで、浜(はま)へ逃げるんじゃ!」
船頭の言葉に漁師は我に返ると、懸命に船をこぎ始めました。
しかし、海坊主も泳いで来て、船べり(→船の側面)に手をかけました。
そして、恐ろしい声で言います。
「ひしゃく。ひしゃくをくれえー。ひしゃくをくれえー」
「わかった、いまやる」
漁師の一人が、ひしゃくを渡そうとすると、船頭は、そのひしゃくの底を素早く打ち抜いて、船べりから、なるべく遠くへと投げました。
「それ、今のうちに、全力でこぐんだ」
一方、海坊主は遠くへ投げられたひしゃくを追いかけていきましたが、そのひしゃくの底が抜けている事に気がつくと、
「よくもだましたな! 待てぇー!」
と、すごい勢いで船を追いかけてきました。
しかし船は間一髪のところで浜へ着くと、みんなが浜へと駆け上がったので、海から出ることが出来ない海坊主にはどうすることも出来ません。
海坊主は、しばらくうらめしそうに漁師たちを見ていましたが、やがてどこかへ行ってしまいました。
「ああ、恐ろしかった。しかしどうして、ひしゃくの底を抜いて、遠くへ投げたんじゃ?」
漁師の一人が聞くと、船頭はこう答えました。
「これからもある事だから、よ覚えておけよ。もしあの時、海坊主の言う通りに、底のついたひしゃくを渡してしまったら、海坊主はそのひしゃくで海の水を船にくみ入れて、最後には船を沈めてしまうんだ。かと言って、ひしゃくを渡さないと、海坊主は怒って船を壊してしまう。だから、底を抜いたひしゃくを渡すんじゃ」
それを聞いて、漁師たちはさらに震え上がりました。
おしまい
|