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百物語 第156話

母親にばけたネコ

母親に化けたネコ

 ネコは年を取り過ぎると、人間を噛み殺し、その人間に化ける事があるといいます。

 むかしむかし、あるところに、すっかり年を取った母親と、その一人息子がいました。
 とても親孝行な息子で、珍しい物があると、自分は食べないで母親に食べさせます。
 ところが、その母親が病気になりました。
 心配した息子は、なけなしの金をはたいて、高い薬を飲ませたり、医者を呼んできたりと、それこそ夜も寝ないで看病(かんびょう)をしました。
 おかげで母親は元通りの元気な体になりましたが、不思議な事に、その時から母親の性格がガラリと変わってしまったのです。
 あれほどやさしかった母親が、子どものようにわがままを言い出し、せっかくの食事を投げつけたり、少しでも気にいらない事があると、狂った様に怒り出します。
 そればかりか、生き物を捕まえてきては、水につけたり火にあぶったりと、残酷(ざんこく)なことも平気でします。
「おっかさん、なぜ、そんなひどい事をする」
 息子がいくら注意をしても、怖い顔でにらむばかりで、ついには近所の人も怖がって、この母親には近づかなくなりました。
(はて、どうしたものか?)
 考え込んでいるうち、息子はふと気がつきました。
(もしかして、あのおっかさんは、ネコが化けたものでは)
 そう言えば、思いあたるふしがたくさんあります。
 母親が寝込んでいたとき、不気味なネコが母親をじっと見つめていました。
 それに、以前は大好きだったイヌをひどく怖がります。
 そもそも、医者から助からないと言われたのに、どうして、あれほど元気になったのか。
 本当は、あの時のネコに食い殺されたのではないのか。
 そこで息子は、母親の様子を詳しく見る事にしました。
 ある晩の事、母親は酒に酔いつぶて眠り込んでしまいました。
(おらのおっかさんは、酒なんか一滴(いってき)も飲まなかったのに)
 不思議に思いながら、母親の部屋をのぞいて見るとどうでしょう。
 母親の着物を着た一匹の古ネコが、行灯(あんどん)をつけたまま、いびきをかいて寝ているではありませんか。
(あっ! やっぱりそうだったのか。この、よくもおらをだましたな!)
 息子は刀を持ってくると、いきなり部屋の戸を開けて中へ飛び込み、古ネコの胸へ刀を突き刺しました。
「ギャオオオーッ!!」
 古ネコは鋭い悲鳴をあげ、そのまま動かなくなりました。
 ところが、よくよく見てみたら、それは古ネコではなく、母親が胸から血を出して死んでいたのです。
「し、しまった」
 息子の顔は、まっ青です。
 いくらひどい母親でも、殺すなんてとんでもありません。
「どっ、どうしよう?」
 息子は仕方なく、近所の人を呼んできて、わけを話しました。
「親を殺すとは、おら、もう世の中に顔むけが出来ない。役人につかまる前に腹を切って死ぬから、後の事をよろしく頼みます」
 すると、その中の一人が言いました。
「待て、早まってはいかん。ネコは一度人間に化けると、死んでもなかなか正体を現さないと言うじゃないか。それを確かめてからでも、遅くはないはずだ」
「そうとも。それに言っては悪いが、あんなおっかさんなら、誰だって殺したくなるさ。わたしも、そうしていたかもしれない。それに、お前さんの言うとおり、古ネコがおっかさんを殺して化けていたかもしれないよ」
 しかし、死んでいるのは間違いなく母親です。
 息子は、もうすっかり死ぬ覚悟が出来ていました。
 それでもみんなの言う通り、夜明けまで待つ事にしました。
 息子も近所の人も、まんじりともせず死骸(しがい)を見守りました。
 やがて、東の空が白みはじめたころ、死骸の顔が、だんだんとネコの顔に変わりはじめました。
「おう、ネコの顔になったぞ!」
 顔ばかりか、着物から出ている手足もネコの足になりました。
「よかった。よかった」
 近所の人も息子もホッとして、思わず手を握りしめました。
「それにしても、この化けネコをどうしよう?」
 母親を殺した、憎いネコです。
 八つ裂きにしても気のすみませんが、どんなたたりをされるかもしれないので、手厚くほうむる事にして、寺へ運んで行きました。
 その後、母親が寝ていた部屋の床下を調べると、ネコに食われた人間の骨がたくさん出てきました。
 息子はその骨も寺へ持っていき、あらためて母親の弔い(ともらい→お葬式)をしてあげたそうです。

おしまい

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