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百物語 第163話

亡霊の果たしあい

亡霊の果たしあい

 むかしむかし、根来仙三郎(ねごろせんざぶろう)という若い侍がおりました。
 秋のある日のこと。
 お城の中で仙三郎(せんざぶろう)は、ふとしたことがもとで、友だちの松山新五郎(まつやましんごろう)と口論(こうろん→言い合い)をはじめました。
「おまえのほうがわるい」
「いや、おまえのほうだ」
と、いいはって、お互いにゆずりません。
 とうとう、果しあい(はたしあい→けっとう)ということになりました。
「ではあす、辰の刻(たつのこく→朝の八時ごろ)。あかねが原で」
「よしっ。キッパリとかたをつけよう」
 さて、その夜。
 いよいよあすは、長年の友であった新五郎(しんごろう)との果しあいです。
 仙三郎(せんざぶろう)は、机にむかって本をよんでいましたが、頭の中は、あしたの果しあいのことでいっぱいです。
 ふと、仙三郎は、庭に人のけはいをかんじました。
 月あかりに萩(はぎ→マメ科の植物)のしげみのほうを見ると、しげみのかげに、あやしい二つのかげがうごいています。
「なに奴だっ」
 刀をとるよりはやく、縁側に立って、仙三郎はさけびました。
 二つのかげはこたえず、おたがいになにか、あらそっているようすです。
 ときどき、なにかがギラッギラッと光ります。
 月あかりをたよりに、ジッと目をこらしていた仙三郎は、ビックリしました。
 ふたりは、刀をぬいてたたかっている武士です。
 それも、よろいかぶとに身をかためた武士で、かぶとの下から見える顔は、死人のように青白いものでした。
 年はまだ若いようですが、からだはまるで、骨だけのようです。
 ふたりは、いくたびも刀をあわせます。
 力つきてか、よろめきながら、いっぽうがたおれました。
と、見るまに、ふしぎな力でつきあげられるようにからだをおこして、また、あいてに切りつけます。
 あいての武士がたおれると、これまたふしぎな力でつきあげられるように、からだをおこして切りつけます。
 そんなことが、ふたりのあいだに、なんどもなんどもつづけられました。
 立ちあがっては切りむすび、切りむすんではたおれる。
 ひとりの武士がいいました。
「ああ、おれはもうだめだ」
「おれもだめだ。おまえを殺すくらいなら、おれひとり、おれひとりが死んだほうがましだ」
「いや、おれが死のう。だが、この刀が、この刀が」
「そうだ。どうしても、この刀が、刀が手から、はなれぬのだ」
「なんのために、いったいなんのために、おれたちは、この刀の亡霊(ぼうれい→詳細)にとりつかれているのだろう」
「刀の亡霊め。なぜ、刀がおれを苦しめる。いや、おれたちふたりを苦しめる」
「おお、刀めっ」
「にっくき刀めっ」
 ふたりの武士は、うめきながら、よろめきながら、なおもたおれては切りむすび、切りむすんではたおれる。
「あんな口論など、しなければよかった」
「そうだ。つまらぬことで、刀の亡霊のとりこになったのだ」
 ふたりはうめくようにいって、なおも、たたかいをつづけようとします。
 仙三郎(せんざぶろう)は、思わずさけびました。
「やめろーっ!」
 自分の大きな声に、仙三郎(せんざぶろう)は、ハッと、われにかえりました。
 からだじゅうが、油汗でビッショリです。
 あくる朝。
 仙三郎(せんざぶろう)は、いそいで新五郎(しんごろう)の屋敷をたずねると、新五郎(しんごろう)の顔がまっ青でした。
「おい、どうかしたのか? 新五郎!」
「おお、仙三郎か。よくきてくれた。おれもいま、おまえの家へ行こうと思っていたところなんだ」
 新五郎も仙三郎とおなじように、刀の亡霊にとりつかれたふたりの武士のゆめを見たと語りました。
 ふたりは、自分たちのおろかさとそのゆくすえを、ゆめの中でまざまざと見せられたのでした。
「わたしが、わるかった。あやまる」
「いや、わしのほうこそ、わるかった」
 二人の若い侍は手をにぎりあって、仲直りしたそうです。

おしまい

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