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百物語 第184話

待ちきれずに

待ちきれずに
京都府の民話京都府情報

 むかしむかし、京の都の五条堀川(ごじょうほりかわ)に、八郎兵衛(はちろべえ)という米屋がいました。
 八郎兵衛には宗一郎(そういちろう)という十六才になる息子をはじめ、十人の子どもがいましたが、おくさんは十人目の子どもが生まれてまもなく、病気でなくなってしまいました。
 ある時、八郎兵衛は子どもたちにるすをたのみ、二日がかりで大津(おおつ→滋賀県)まで、でかけることになりました。
「しっかりたのんだぞ。びんぼう米屋で、とられるものなどなにもないが、夜は戸じまりをきちんとな」
 八郎兵衛は一番上の宗一郎によくいいきかせて、大津へでかけていきました。
 るすをあずかる宗一郎は、夜になると近所の子どもたちを家によんで、みんなで百物語をはじめました。
 ですが宗一郎の家には、百本ものろうそくなどありません。
 あつまった子どもたちは、ろうそくのかわりにあんどんの灯で百物語をはじめました。
 話しが四十、五十とかたられていくうちに、こわくなった子どもたちは、一人さり、二人さりして、八十話がすぎるころには、近所の子どもばかりではなく、宗一郎の弟たちもほかの部屋へいって、ふとんをかぶってねてしまいました。
 のこっているのは、宗一郎だけでした。
 もう十数話かたれば、百になるのです。
 百の話しをしたあとに、どんな事がおこるか楽しみにしていた宗一郎はがっかりです。
(だれもいなくなっては、しかたがない。それならあとは、自分一人でかたってみよう、何が出るか楽しみだ)
 宗一郎はその前に手あらいにいっておこうと、うら口から出て外の便所(べんじょ)へいきました。
 そしてどんな話しをしようかと考えながら、家の中へもどろうとしました。
 すると、うしろから白くてほそい手がのびてきて、いきなり宗一郎の足首をつかんだのです。
 宗一郎はビックリ。
「な、なっ、なにものだ!」
 するときゅうに生あたたかい風がまきおこって、目の前に赤ちゃんをだいた若い女が現れました。
「百物語がおわるのを待っていましたが、どうやら百までかたられそうもないので出てきました。わたしはこの近くへ嫁にきたもので、あなたの家でお米を買ったこともあります。実は五年前、この子をうもうとしましたが、どうしたことかお産のとちゅうで、この子と一緒に死ぬ事になってしまったのです。けれども、だれもわたしたちをとむらってくれません。いまだにこうしてこの子をだいたまま、やみの中をさまよっているのです。どうか、わたしたちが成仏できるように、千部(せんぶ)のお経をよんでください」
 話しをきいて宗一郎は気の毒だとおもいましたが、けれども千部のお経をよめとは大変な事です。
「話しはわかりましたが、そんな事はとてもできません。わたしの家はまずしい米屋で、まだ小さなものがたくさんいます。そのめんどうをみたり、家や店のしごともあります。千部のお経をよむひまなど、とてもありません。ですが毎日、母に念仏をとなえていますので、それと一緒ではだめでしょうか?」
 宗一郎の言葉に、赤ちゃんをだいた女のゆうれいは首を横にふりました。
「いいえ、千部のお経でなければだめなのです。・・・あの、それではそこにあるカキの木の根もとをほりかえして下さい。わたしが少しずつたくわえたお金があります。それをさしあげますから、どうか千部のお経をよんでください。お願いです」
 そういうと、赤子をだいた女のゆうれいは姿を消してしまいました。
 次の日、父親の八郎兵衛がもどってくると、宗一郎はすぐに昨日の話しをしました。
 そして父親と二人でカキの木の根もとをほってみると、本当にお金が出てきました。
と、いっても、お金はとてもわずかなもので、くらしのたしなどにはなりませんが、八郎兵衛親子はそのお金をありがたくいただくと、ふしあわせだった若い親子のために、お店を休んで千部のお経をよんでやりました。
 この事があってからか、八郎兵衛の米屋はとてもはんじょうして、この辺りでは一番大きな米屋になったという事です。

おしまい

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