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百物語 第232話

海のそこでみた女

海のそこでみた女
東京都の民話東京都情報

 伊豆七島(いずしちとう)の新島(にいじま)の北端に浅井浦(あさいうら)というところがあって、『おんねんさま』とよばれる岩がのこっているそうです。
 むかしむかし、一せきの漁船が強い風をさけるため、この入り江に入ってほをたたみ、イカリをおろしました。
 やがて風もおさまったので、イカリをあげようとしましたが、どういうわけか重くてあがらないのです。
「こりゃあ、岩に引っかかっているのかもしれない」
 そこで船にのっていた男たちが力をあわせて引っ張りましたが、やっぱりイカリはあがりません。
「おかしいな。よし、わしが見てくる」
 一人の男が海に飛込んで、底へもぐっていきました。
 すると何やら美しいものが、イカリの上でフワフワとゆれています。
(あれはいったい、何だろう?)
 男は、イカリのそばまでいきました。
 するとそこには、十二ひとえにまっ赤なはかまをつけた女がすわっていたのです。
(なんでこんなところに! それにしても、あんな女一人がすわっているぐらいでイカリがあがらないはずがないのだが。・・・もしかしてこの女は)
と、思ったとき、女がこっちに顔をむけました。
 顔色はまっ青で、口が耳までさけています。
 女は男をにらみつけていいました。
「ここは人間の来る所ではない。とっととうせろ! このイカリは、もうお前たちにもどしはしない」
 その声も、まるで地獄からひびいてくるような、おそろしい声です。
 男はまっ青になって、あわてて女のそばをはなれようとしました。
 すると追いうちをかけるように、女がいいました。
「船にもどっても、決してわらわの事を人にいうでないぞ。もし、しゃべったら、そなたの命はないとおもえ」
 男は船に戻ったとたん、気絶してしまいました。
 そして気がついたときには船の中にねかされていて、みんなが心配そうに見守っていました。
「おう、やっと気がついたか。それにしても、いったいどうしたというのだ?」
「それが、じつは・・・」
と、いいかけて、男は女の言葉を思い出しました。
 でも仲間たちに、イカリのあがらないわけを話さないわけにはいきません。
 男はかくごをきめると、海のそこで見てきた事をくわしくはなしました。
「そうか、なるほどな。それでそのバケモノは、わしらにどうしろというのだ?」
 船のりの親方が聞いたとき、男はふいにたちあがって、
「とっとと失せろ!」
と、さけんだかとおもうと、それっきりバッタリと倒れて、そのまま死んでしまいました。
「しかたがない。イカリを切ろう」
 親方はでイカリのつなをきりおとして、
「ほをあげろ!」
と、さけびました。
 船が動きだすと、みんなは手をあわせていのりました。
「どうか、この入り江からぶじに出られますように」
 船はぶじに帰ることができましたが、船乗りたちは二度と、その場所には近づかなかったという事です。

おしまい

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