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百物語 第234話

山おくのふしぎな家

山おくのふしぎな家
岩手県の民話岩手県情報

 むかしむかし、陸中の国(りくちゅうのくに→岩手県)の金沢(かねざわ)という村に、若い男がいました。
 ある日の事、男は山菜(さんさい)をとるために山に行きましたが、よいものがなかなか見つからず、探し求めているうちに今まで入ったこともない、深い谷間に出てしまいました。
(はて? ここはどのあたりだろう?)
 まわりはたくさんの木がおいしげっていて、昼間でもやっと木もれ日がもれてくるくらいのせまい谷間です。
(これは、とんでもない所へまよいこんだものだ。山の上へ出て道をさがそう)
 男が谷川にそったやぶをのぼっていくと、きゅうにあたりがひらけてきて、谷のわきにりっぱな黒い門をかまえた家があらわれました。
 若い男はしばらく門の前にたたずんでいましたが、ひと休みさせてもらおうと、門の中へ入っていきました。
 家の前は広い庭になっていて、白い花が一面に咲いており、あまい花のかおりがただよっています。
 家の、のきさきでは、十羽ばかりのニワトリがのんびり遊んでいます。
(大きな家だな。だれもいないのかな?)
 人の声は、まるで聞こえません。
 男が家のうらへまわってみると、ウマ小屋とウシ小屋がならんでいて、つながれた五頭ずつの牛馬が、しずかにエサを食べていました。
「ごめんください」
 男は戸を少し開いて、家の中へ声をかけました。
 中をのぞくと居間(いま)にはいろりがあって、赤々と炭火がおこっています。
(物音一つしないとはおかしい。本当に、だれもいないのだろうか?)
「ごめんください!」
 若い男はもう一度大きな声を出して、家の者をよびましたが、やはり返事はありません。
 そこで土間(どま)にわらじをぬぐと、そっと家の中へあがってみました。
 若い男は居間をぬけて、おそるおそる次の部屋をのぞきました。
 その部屋には、何に使うのかわかりませんが、大きなおけがおいてあります。
 次の部屋をのぞくと、たった今、だれかがお客の食事のしたくをしたというふうに、しゅぬりのりっぱなおぜんと食器がきちんとならべられていました。
 若い男は、ますます不思議に思いました。
 気味が悪くなりましたが、さらに足音をしのばせて、奥座敷(おくざしき)ものぞいてみました。
 奥座敷には、まばゆいばかりにかがやく金のびょうぶがたててありました。
 そして火ばちがあり、まっ赤な炭火の上にかかった鉄びんの湯が、チンチンと音をたててにえたぎっていました。
(もしかしてこれは、きっと、お客がやってくるというので、主人をはじめ家の者たちみんなで、近くまで出むかえに出たのかもしれない)
 若い男は自分でうなずきながら、広い座敷の中を見まわしていました。
 しかし、どんなお客をむかえるのかは知りませんが、すっかり準備のできあがっている座敷に、だれもいないというのは変です。
 男はおそろしくなり、庭へ飛び出すとわらじもはかずに逃げだしました。
 深い山奥の谷間から、どこをどう走ってきたのかわかりませんが、走って走ってやっと、見覚えのある山道に出たのです。
 その後、若い男は、この不思議な家の事が気になって、村の者たちにも話してみましたが、だれも知っているものはいませんでした。
 それから何度も山おくへ入ってみましたが、あの家を見つける事はできなかったという事です。

おしまい

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