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百物語 第245話

テングにさらわれた子ども

テングにさらわれた子ども
東京都の民話東京都情報

 むかしむかし、ある殿さまの家来(けらい)に、小島伝八(こじまでんぱち)という(さむらい)がいました。
 伝八には惣九郎(そうくろう)という一人息子がいて、まるで宝物のように大事にしています。
 ところが惣九郎が十一歳になった春、突然姿を消したのです。
 伝八と奥さんは、気もくるわんばかりに八方手をつくして探しまわったのですが、どこへ行ったのか、ついにわからずじまいでした。
 ひと月たっても何の手がかりもなく、とうとう伝八夫婦まで寝こんでしまいます。
 するとある日の事、近くの町に住む古着屋の主人がやってきました。
 むかし、伝八がめんどうを見てやった男です。
「うわさを聞いてもしやと思い、かけつけてきました」
「もしやとは」
 伝八がたずねると、
「はい、五日ほど前の明け方ごろ。いつもより早めに起きて店の戸を開けていたら、十歳ぐらいの男の子をつれた山伏(やまぶし→野山を歩き修業する僧)姿の男が立っていて、『子どものわらぞうりを売っている店はないか?』と、たずねました。『少し行ったところにわらじを売る店があるけど、まだ起きてはいないでしょう』と、いったら、だまってたち去っていきました。男の子のみなりが、お侍の子どもらしいので、不思議に思っていたら、小島さまのお子さんがゆくえ不明と聞いて、もしやあの時の男の子ではないかと思ったのです」
 古着屋の主人は、男の子の身なりや顔つきについても、くわしく話して聞かせると、
「まちがいない! それはわしのせがれだ!」
 伝八は思わず立ちあがり、その声を聞きつけた奥さんも起きてきました。
「しかし、山伏姿の男とは何者だろう?」
「さあ、はっきりわかりませんが、もしかしてテングかもしれません。テングは人前に現れるとき、山伏姿に身を変えるといいます」
「たしかにテングのしわざにちがいない。さもなくば、突然姿を消すわけがない。しかし、どうすればよいのだ?」
「もしかして今ごろ、山につれていかれて、ひどいめにあわされているのでは」
 涙を流す奥さんに、古着屋の主人がなぐさめるようにいいました。
「もし相手がテングでしたら、妙法寺(みょうほうじ)の上人(しょうにん→徳の高いお坊さん)さまにお願いすれば、なんとかなると思います。上人さまの法力(ほうりき)はたいしたものだと聞いています」
 そこで伝八は、さっそく妙法寺へ出かけ、
「テングから息子をとりもどしてほしい!」
と、頼みました。
 次の日、屋敷の庭にゴマだんをつくり、上人の来るのを待っていると、上人は二十人ばかりの坊さんをひきつれて、伝八の屋敷へやってきました。
 さっそくゴマがたかれ(→ゴマ木という木片をもやして、ほとけに祈ること)、上人と坊さんたちが一心に祈祷(きとう→神仏に祈ること)を始めました。
 祈祷は毎日くり返されて、ついに七日め、ゴマの火がいちだんと高く燃えあがって、雲一つない空に黒い影がポッカリと浮かんだのです。
 伝八夫婦や集まった者たちがいっせいに空を見あげると、黒い影はだんだんと大きくなり、まるでワシのように飛んできたかと思うと、さっと庭におりたちました。
「テング!」
 そこには背中につばさをつけ、ワシのくちばしみたいに鼻のとがったテングが、人間の男の子をかかえて立っていたのです。
 テングはだまって男の子を下へおろすと、そのままとびあがって空のかなたへ消えてしまいました。
「惣九郎!」
 伝八がかけより、力いっぱいわが子をだきしめた。
「ありがとうございました」
 奥さんが、上人や坊さんたちに手を合わせます。
 見物人たちも、ハッとわれにかえり、
「よかった、よかった」
と、いいながら、うなずきあいました。
 こんな事があってから、妙法寺の上人の評判はますますあがりました。
 しかしどうしたわけか、惣九郎はこの時から、まるで気ぬけしたようになり、何をたずねても首を横にふるばかりです。
 町の人たちは、そんな惣九郎を見るたびに、
「テングというものは恐ろしいものだ。人の魂までもぬきとってしまうらしい」
と、ますますテングをこわがったという事です。

おしまい

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