福娘童話集 > 日本のこわい話(百物語)
百物語 第266話
塀の上の大入道
むかしむかし、ある雨の晩のこと。
一人の侍が傘(かさ)をさして、わが家への道をいそいでいきました。
「いけねえ、いけねえ。すっかり遅くなっちまった」
この侍がへいの続く暗い道を歩いていると、突然、傘が動かなくなってしまいました。
「はて? へいごしの木の枝にでも、ひっかかったのかな?」
と、傘を見あげて見れば、手の大きな何者かが、傘のてっぺんをつかんでいるのです。
(なんだあれは? お化けか?)
侍は傘を置いて逃げようかと思いましたが、当時の傘は貴重品なので、そう簡単に手放すわけにはいきません。
そこで侍は、こんしんの力を込めて傘を引き抜くと、
「なむさん!」
まっしぐらに、かけだしました。
わが家へとびこんで傘がこわれていないかどうか調べたところ、大事な傘の頭がもぎとられています。
「えーい、くやしい! お化けごときに傘をこわされたとわかれば、侍仲間の笑いの種だ! よし、出かけなおして、化け物の正体をあばいてやろう」
侍は大小の刀を腰にさして、さっきのへいのところへもどっていきました。
するとまたへいの上から、太い腕がにょっきりとのびてきて、侍の腕をねじりあげて大小の刀をうばいとると、侍の背中をすごい力で突き飛ばして闇の中に消えました。
「むっ、無念! 武士のたましいである、大切な刀までうばわれるとは・・・」
侍はあまりのことに、家にかえりつくのがやっとでした。
そのよく朝、化け物にうばわれた刀が、町の四つ角の水おけの上に十文字においてあるとの知らせがありました。
かけつけた侍が水おけの下を調べると、古びた石仏が出てきました。
「そうか、そまつにされていたこの石仏が、そまつにされていることをうらんで化けていたのか。よしよし、わしが供養してやろう」
侍はその石仏をお寺に運び入れると、お経をあげてもらいました。
それからは、石仏が騒ぎをおこすことはなかったそうです。
おしまい
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