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福娘童話集 > 日本のこわい話(百物語)
百物語 第293話
佐野の舟はし
群馬県の民話 → 群馬県情報
むかしむかしの平安の頃、上野国群馬郡(かずさくるまのこおり)は佐野(さの)というところに、烏川(からすがわ)をはさんで東に朝日の長者、西に夕日の長者と呼ばれる長者がいました。
この二人は、とても仲が悪かったそうです。
さて、朝日の長者には那美(なみ)という娘がいて、夕日の長者には小治郎(こじろう)という息子がいました。
ある時、二人は烏川のほとりで出合い、そして一目で心が惹かれあいました。
朝日の長者側の佐野の里人と、夕日の長者側の片岡の里人は、間を流れる烏川に舟橋(ふなはし→多くの船をならべて作った橋)をかけて往来していました。
しかし夜は、この橋を渡る者は誰もなく、那美と小治郎は時をしめし合わせては、この舟橋の上で恋を語りあかしたのです。
さて、息子の不審な行動に気がついた夕日の長者は、恋の相手が向こう岸の長者の娘であると知るととても怒り、小治郎を一歩も外に出られないようにしてしまいました。
小治郎は、父親にいいました。
「両家の仲たがいのもとは財力の競合い。里人たちはそんな両家を笑っております。わたしと那美どのが結ばれれば、両家のしこりも解けるではありませんか」
しかし夕日の長者は、許してはくれません。
一方、那美はいつもの時間になると屋敷を抜け出して、小治郎がやってくるのを待ちました。
しかし小治郎は、やってきません。
「小治郎さま、一目でもお逢いしたい」
那美は小治郎の家に行こうと、橋をわたりだしました。
川の中程にさしかかった時のことです。
「あっ!」
那美は小さな悲鳴とともに、烏川にのみ込まれてしまいました。
舟橋の橋板が、何者かの手によってはずされていたのです。
その頃、小治郎はまんじりともせず那美のことを思っていましたが、風もないのに灯りがふっと消え、一瞬悲鳴を聞いたような気がしました。
「那美どの!」
妙な胸さわぎとともに、小治郎は戸を蹴破って舟橋に駆けつけました。
はずれた橋板の上には、那美のぞうりが片方残っていました。
すべてをさとった小治郎は、
「那美どの。死の国への旅を、一人で行かせるようなことはしません」
と、烏川に身を投じて那美のあとを追ったのでした。
さて、この心中の後、舟橋には夜な夜な男女の幽霊が出没するようになり、誰一人舟橋を渡るものがなくなってしまいました。
その後、旅の僧がこの二人のために観音像(かんのんぞう)を刻んで供養を行ってからは、幽霊も出ることはなくなり、舟橋はもとのようなにぎわいをみせました。
しかし、那美と小治郎の悲恋(ひれん)は都の歌人の心をひきつけ、今でもこんな歌が残されています。
♪かみつけの、佐野の舟橋とりはなち
♪親はさくれど、吾(あ)はさかるがへ
おしまい
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