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百物語 第300話
蟹ヶ淵(かにがふち)
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むかしむかし、平戸の町のはずれに蟹ヶ淵(かにがふち)という深い淵があって、ここには主が住みついていました。
その頃、大田の平(おおたのひら)に三吉(さんきち)という百姓がいて、そこの家には三人の男の子がいました。
ある日の事、二番目の子どもが遊びに出たまま、いつまでたっても戻ってきません。
家族は心配して探しましたが、どこを探しても見つからないのです。
するとそれからしばらくたったころ、村のはずれにあるあの淵に、その子どもの着物だけが浮いていたのです。
さあ、村中は火のついたような大騒ぎになりました。
「むかしからあそこには、主がおるというぞ」
「きっと、主に食われてしまったに違いない」
やがてその話は、松浦(まつら)の殿さまの耳にまで届きました。
それを聞いた殿さまは、さっそく家来を集めて、
「百姓とはいえ、領地の者は家族も同然。いかに淵の主でも、その家族を襲うとは絶対に許せん!」
と、自ら先頭を切って、淵の主退治に出かけたのです。
そして家来や村の人々が引き止めるのを振り切ると、ふんどし姿で刀を口にくわえて、一人で淵に飛び込んだのです。
家来も村人も、ハラハラしながら待っていると、やがて殿さまが水の中から顔を出しました。
「ここには何もおらん。あっちを探すとしよう」
と、今度は岸からもっと離れた、草がボウボウに生い茂るあたりまで泳いでいって、もう一度 水の中にもぐりました。
さて、しばらく時間がたったのですが、殿さまはなかなか上がってきません。
みんなが心配になってきたとき、急に淵の水がにごってきました。
よく見ると、そのにごりは血の色です。
「大変だー! 殿さまがやられてしもうた!」
家来の一人が今にも飛び込もうとしたとき、いきなり水の中から元気な殿さまが姿を現しました。
「おーい。主は退治したぞ! すまんが、引き上げるのを手伝ってくれ」
殿さまの指示で、さっそく退治した主を引き上げる事になりました。
ところが、その主が重すぎて引き上げられません。
そこで家来も村人も一緒になって何とか引き上げると、それは、たたみが三畳分ほどの大きなこうらをもった、大ガニだったのです。
殿さまは、一人でこの大ガニを退治したのです。
その後、淵で死ぬ者はいなくなり、いつしかこの淵は、『蟹ヶ淵(かにがふち)』と呼ばれるようになったそうです。
おしまい
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