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福娘童話集 > 日本のこわい話(百物語)
百物語 第332話
一つ目の住む屋敷
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むかしむかし、江戸の町に陸野見道(おかのけんどう)という、有名なお医者さんがいました。
ある日の事、見道の所にお金持ちの屋敷から使いが来ました。
「あの、家の奥さまの具合が悪いので、診てもらいたいのですが」
「わかった。後で必ず行くから、家で待っていて下さい」
見道はそう言いましたが、予約の病人の家をまわっているうちに、すっかり夕方になっていました。
「いやあ、すっかり遅くなってしまい申し訳ない。ではさっそく、病人のところへ案内してもらいましょうか」
すると、女中らしい女の人が出てきて、
「すみません。ただいま、奥さまはお休み中です。だんなさまは急用でお出かけになりました。先生がお見えになったら、しばらくお待ちくださるようにとの事です」
と、いいました。
女中さんは見道を座敷へ連れて行くと、すぐに出ていきました。
「ほう、古い屋敷の様だが、なかなか立派なものだ。あの欄間(らんま)が、特に素晴らしい」
見道が立派な部屋の造りに見とれていると、すーっとふすまが開いて、十歳くらいの男の子がお茶を運んできました。
「いらっしゃいませ。お待たせして、申し訳ありません」
子どもとは思えないほど丁寧なあいさつに、見道はすっかり感心して声をかけました。
「坊や。名はなんというのだ?」
「申し上げるほどの者ではございません」
男の子は恥ずかしそうにうつむくと、そのまま立ちあがり、入り口の所でもう一度振り返りました。
そのとたん、
「うぎゃ!」
見道は、思わず小さな悲鳴をあげました。
なんと男の子の顔は三尺(さんじゃく→約90センチ)くらいに伸びて、おでこには大きな目玉が一つあるだけです。
「お、お前は・・・」
見道がおどろいていると、男の子は一つ目でにやっと笑い、ふすまを閉めて出て行きました。
しばらく呆然としていましたが、見道は頭を振ると、
(このところ、仕事が忙しかったからな。おそらく、疲れているのだろう)
と、思う事にしました。
さて、しばらくするとふすまが開いて、この家の主人が顔を出しました。
「すみません、すっかりお待たせしました。・・・おや? 先生、どうなさいました。顔色がまっ青ですが」
「いや、その。お恥ずかしい話しですが、実はその・・・」
見道は、さっきの出来事を主人に話しました。
すると主人は申し訳なさそうに、
「それは、先生のせいじゃありません。あれは、まったくおかしな小僧でして、知らない人が来ると、ふいと出て来ておどかすのですよ」
「えっ? ここで働いている小僧さんではないのですか」
「まさか。ときどき遊びに来る程度ですよ」
「・・・?」
それを聞いて見道は、いよいよ気味が悪くなってきました。
でも、主人は平気らしく、
「それで、今日は、どんな顔をしていましたか?」
と、訪ねました。
「はい。ですから、今も話した通り、顔の長さが・・・」
見道が説明を始めると、主人はふいに立ちあがり、
「それは、こんな顔と違いますか?」
と、いって振り返りました。
すると主人の顔は、みるみる三尺くらいに伸びた、一つ目だったのです。
「うひゃーーっ!」
びっくりした見道は、はうようにして部屋を出ると、急いで玄関に走りました。
「おい、早く逃げるんだ!」
待たせてあったお供の者をせかせて、あわてて外へと飛び出しました。
「先生、どうなさったのです?」
「どうもこうもあるか。あそこは化け物屋敷だ! ・・・あいて!」
「おっと、危ないですよ。いま明かりをつけますから、しばらくお待ちください」
お供の者が立ちどまって、持っていたちょうちんに明かりをつけました。
「ああ、すまない。・・・!」
見道がお供の者の顔を見てみると、お供の顔も三尺くらいに伸びていき、一つ目になりました。
「うぎゃーーー!」
見道は叫び声を上げると、その場にバッタリと倒れて、気を失ってしまいました。
さて見道の家では、いつまでたっても主人が戻らないので、弟子たちがお金持ちの屋敷に迎えにいきました。
ところがそこにあるのは荒れ果てたボロ屋敷で、とても人の住める物ではありません。
仕方なく近所の家にたずねると、
「あの屋敷がお医者さんを迎えに行くなんて、何かの間違いですよ。あの屋敷は何年も荒れ放題で、いまではタヌキのすみかになっているくらいですから」
と、言うのです。
「ではいったい、先生はどこに行かれたのだろう?」
弟子たちは手わけして、必死に探し回りました。
すると屋敷から遠くはなれた竹やぶのそばで、見道が倒れているを見つけました。
「先生、大丈夫ですか!」
「先生!」
弟子たちの介抱の末、見道はようやく息をふきかえしましたが、よほど怖かったのか、それから一ヶ月ほど寝込んでいたということです。
おしまい
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