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第 3話
海の底の女
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むかしむかし、一せきの漁船が強い風をさける為、入り江に入ってイカリをおろしました。
やがて風もおさまったのでイカリをあげようとしましたが、どういうわけか重くてあがらないのです。
「こりゃあ、岩に引っかかったかもしれないぞ。・・・よし、わしが見てくる」
一人の男が海に飛込んで、底へもぐっていきました。
するとイカリの上で、何やら美しい物がフワフワとゆれています。
(あれは一体、何だろう?)
男が不思議に思いながらもイカリに近づくと、するとそこには十二単(じゅうにひとえ)に真っ赤なはかまをつけた女の人が座っていたのです。
(何で、こんなところに女が?! それにしても、あんな女が一人座っているぐらいでは、イカリがあがらないはずがないのだが。・・・もしかして、この女は)
男がそう思った時、女の人がこっちに顔を向けました。
女の人の顔色はまっ青で、口が耳までさけています。
女の人は男をにらみつけると、地獄からひびいてくる様な、恐ろしい声で言いました。
「ここは、人間の来る所ではない。とっととうせろ! このイカリは、もうお前たちに戻しはしない」
男は真っ青になって、あわてて船に戻ろうとしました。
すると女の人が、追いうちをかける様に言いました。
「船に戻っても、決してわらわの事を人に言うでないぞ。もし、しゃべったら、そなたの命はないと思え!」
男は何とか船に戻ると、そのまま気絶してしまいました。
そして気がついた男に、みんなが心配そうに言いました。
「おう、やっと気がついたか。それにしても、何があったというのだ?」
「それが、実は・・・」
と、男は言いかけて、女の人の言葉を思い出しました。
男は悩みましたが、でも仲間たちにイカリのあがらないわけを話さないわけにはいきません。
男は覚悟を決めると、海の底で見た女の人の事をくわしく話しました。
「そうか、なるほどな。それでその化け物は、わしらにどうしろというのだろう?」
船乗りの親方がそう言った時、男はふいに立ち上がって言いました。
「とっとと、失せろ!」
男は、それっきりバッタリと倒れて死んでしまいました。
「・・・・・・」
親方は刀を抜くと、イカリのつなを切り落としました。
「仕方がない。イカリを捨てて帰ろう」
船が動き出すと、みんなは手を合わせて祈りました。
「どうか、この入り江から無事に出られますように」
船は無事に帰る事が出来ましたが、船乗りたちは二度と、その場所には近づかなかったという事です。
伊豆七島(いずしちとう)の新島(にいじま)の北端には、浅井浦(あさいうら)というところがあって、この十二単の女の人がすみかにしている、『おんねんさま』と呼ばれる岩が残っているそうです。
おしまい
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