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第 34話
鬼婆と鉄砲撃ち
山梨県の民話 → 山梨県情報
むかしむかし、ある山に鉄砲撃ちがたくさん住んでいる村がありました。
この村から少し離れた広い野原に小さな川が流れていて、壊れかけた橋がかかっています。
とても気味の悪くて、村人たちは夜になると誰も近づきません。
そんな橋のそばに一軒の家がたち、おばあさんが一人で住んでいるといううわさが広まりました。
「まさか、あんな所に人が住めるわけがない」
「でも、うわさは本当らしいぞ」
そこで村人たちが昼間に行ってみると、おばあさんどころか家もありません。
「やっぱり。うわさはうそだったか」
ところが今度は、昼間は何もないけれど夜になるといつの間にか家があり、そこを通る人がおばあさんに食べられてしまうという怖いうわさが広がったのです。
これを聞いた村人たちはすっかり震え上がり、昼間でもここを通らなくなりました。
そんなある日、村の鉄砲撃ちの一人が言いました。
「はん! どんな化け物か知らんが、わしが退治してやる」
鉄砲撃ちは夜になると、鉄砲をかついで野原へ出かけました。
野原に来るとうわさの通り昼間はなかったはずの家が橋のそばにたっていて、中から明かりがもれています。
鉄砲撃ちがそっと近づいて中をのぞいてみると、大きなろうそくのそばで、おばあさんが糸車を回していました。
(よし、今に見ていろ)
鉄砲打ちは、おばあさんの心臓をめがけて、
ズドーン!
と、鉄砲を撃ちました。
ですがそのとたん、おばあさんはひょいと手をのばして飛んでくる鉄砲の玉をつかんだのです。
♪今夜も一つ、てんころりん
おばあさんはそう歌うと、おそろしい鬼婆の顔になりました。
「うひゃー!」
鉄砲打ちは、夢中で鉄砲を撃ちました。
ズドーン!
ズドーン!
でも鬼婆は、
♪今夜も一つ、てんころりん
と、歌いながら、まるで小石でもつかむように鉄砲の玉を手でつかむのです。
ズドーン!
ズドーン!
鉄砲撃ちは何度も何度も鉄砲を撃ちましたが、何度やっても同じです。
そしてついに、鉄砲の玉が無くなってしまいました。
すると鬼婆は、鉄砲撃ちにニヤリと笑いました。
「ひっひひひひ。もうお終いかい? お終いなら、お前を食べてやるよ」
鬼婆はブルブルとふるえる鉄砲撃ちを捕まえて、あっという間に食べてしまったのです。
さて、野原に行った鉄砲撃ちが帰って来ないので、今度は別の鉄砲撃ちが化け物退治に出かけました。
でもその鉄砲撃ちも、それっきり帰ってきません。
そこで次々と鉄砲撃ちが出かけましたが、やはりだれ一人帰ってはきませんでした。
そしてとうとう、村一番の鉄砲名人が、化け物退治に出かけたのです。
この名人はどんなに獲物でも、一発で仕留める腕前です。
名人は、おばあさんの心臓に狙いを定めると、
ズドーン!
と、撃ちました。
するとおばあさんの顔は、たちまち鬼婆の顔になり、
♪今夜も一つ、てんころりん
と、歌いながら、またしても鉄砲の玉をつかんで捨てました。
でも、名人はあわてません。
(なるほど。こんな化け物じゃ、今までのみんながやられてしまうわけだ)
名人はそれでも試しに、二、三発続けて撃ちましたが、
♪今夜も一つ、てんころりん
と、鬼婆は鉄砲の玉を手でつかみます。
「ひっひひひひ。もうお終いかい? お終いなら、お前を食べてやるよ」
鬼婆は、耳までさけた口を大きく開けました。
名人は鬼婆に鉄砲をむけながら、じりっ、じりっと後ろへ下がります。
鉄砲の玉は、あと一発しかありません。
その時、名人は子どもの頃におじいさんから聞いた話を思い出しました。
『化け物の命は、化けた姿とは別にある』
(もしかすると、あのロウソクが本当の命かも知れない)
そこで名人は鬼婆のそばでゆらゆらと燃えているロウソクをめがけて、最後の一発を撃ち込みました。
ズドーン!
すると不思議な事に鬼婆も家も煙のように消えてしまい、その場には大きな古だぬきが胸を撃たれて死んでいたのです。
「そうか、鬼婆の正体は、この古だぬきだったのか」
それからこの野原には、もう二度とおばあさんは出なくなったということです。
おしまい
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