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      第 57話 
         
          
         
血に染まったつつじ 
長野県の民話 → 長野県の情報 
       むかし、長野県の小県郡(ちいさがたぐん)のある村に、とても美しい娘がいました。 
 ある祭の夜、娘は長野県の埴科郡(はにしなぐん)の松代(まつしろ)と言う村からやって来た若者に、一目惚れをしました。 
 その若者も、美しい娘を好きになりました。 
 祭りが終ってから、娘は若者に会いたくて仕方がありません。 
「あの人に会いたい。山を越えて、あの人に会いに行こう」 
 娘は両手に米を握ると、山を越えて若者に会いに行きました。 
 
 娘は山道を何時間も歩き続け、ようやく若者の家にたどり着きました。 
 娘が家の戸を叩くと、出てきた若者は驚きながらも娘を招き入れました。 
「よくもこんな遠いところまで来てくれた。こんな時間なので飯の用意は出来んが、すぐにお湯を沸かそう」 
 若者がそう言うと、娘は手に持ったお餅を若者に差し出しました。 
「お土産です。二人で食べましょう」 
 そのお餅はとても温かく、つきたてのお餅でした。 
(なぜ、つきたての餅を?) 
 若者は不思議に思いましたが、娘が差し出すお餅を美味しく食べました。 
 実はこのお餅は娘が握っていたお米で、山道を歩きながら何時間も握り続けているうちに、お米がお餅になっていたのです。 
 
 その日から娘は、若者の家に毎晩来る様になりました。 
 そして毎回、つきたてのお餅を若者に差し出すのです。 
 娘は雨の日も、嵐の日も、かかさず若者の家にやって来ます。 
 そして美しかった娘は、毎日の疲れのために日に日にやせていきます。 
 始めの頃は娘が来てくれるのを喜んでいた若者ですが、やがて娘の事が怖くなってきました。 
(あの娘、もしかすると魔物かもしれん。いや、きっと魔物だ。魔物でなければ、毎夜けわしい山道を越えてこれるはずがない) 
 やがて若者は、娘が差し出すお餅を食べなくなりました。 
 
 今日もお餅を受け取るのを断られた娘は、涙を流しながら若者に尋ねました。 
「どうして、餅を食べてくれないの? 今までは、うまいうまいと食べてくれたのに・・・」 
「では聞くが、どうしてつきたての餅を持っている。女の足で、どうして毎夜ここまでやって来られるんだ? 実はおれ、お前が魔物ではないかと思っている」 
 その言葉に、娘は持っていたお餅を落としてしまいました。 
 娘はその場にへたり込むと、泣きながら若者に訴えました。 
「この餅は、山を越える間、米を手に握りしめていたら、いつの間にか餅になっているのです。いとおしいお前様に会うためなら、山を三つや四つ越えるのは苦ではありません。魔物などと、疑いを持たないでください」 
 若者は娘に背中を向けると、冷たい声で言いました。 
「もう帰ってくれ。もう二度と、ここには来ないでくれ」 
 若者の言葉に娘は泣き崩れましたが、やがて立ち上がると若者に言いました。 
「分かりました。今日は帰ります。・・・でも、明日もまた来ます」 
 娘が帰ると、若者はブルブルと震えました。 
(明日も来るだと。このままでは、あの魔物に殺されてしまう) 
 
 次の夜、若者は娘が必ず通る、『刀の刃』と呼ばれる場所で娘を待ち伏せしました。 
 この『刀の刃』は細く切り立った崖の難所で、足を踏み外せば命はありません。 
 若者が崖のすき間に身を隠していると、今日も娘が両手にお餅を持ってやって来ました。 
 月明かりに照らされて、娘の痩せた顔が青白く光ります。 
(やはり、あの娘は魔物だ) 
 そう確信した若者は娘が崖のすき間を通った瞬間、娘の体を突き飛ばして崖の下へと落としたのです。 
 娘は崖から落ちる瞬間、若者の顔を見て微笑みました。 
 娘は崖のすき間に隠れる若者に気づいており、若者に崖から突き落とされる事を知っていながら若者の前を通ったのです。 
 若者に嫌われては生きていけないと思った娘は、せめて若者の手で死にたいと思ったのでした。 
 微笑みながら崖を落ちる娘を見て、若者は自分が間違っている事を知りました。 
「すまなかった! おれが悪かった! 頼むから生きていてくれ!」 
 若者は万に一つ、娘が無事でいる事を信じて娘を探しましたが、娘を見つける事は出来ませんでした。 
 そしてその年から、このあたりの山々には娘の血を吸った様な、真っ赤なつつじの花が咲き乱れる様になったそうです。 
      おしまい 
         
         
        
        
      
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