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第 67話

夜泣き石

夜泣き石
静岡県の怖い昔話 → 静岡県の情報

 むかしむかし、遠江の国(とおとみのくに→静岡県)の佐夜(さよ)の中山(なかやま)という所に、お石という女の人がいました。
 ある日の事、お石は人に頼まれて、お金を借りに出かけたのですが、その帰り道に、
「待て!そこの女!」
と、旅姿の男が、刀を抜いて現れたのです。
「ふところの物を置いていけ。さもなくば、命がないぞ」
「お許しください。これは、人から預かってきた大切なお金」
 お石は、手を合わせて男にお願いしましたが、
「つべこべ言うな!」
と、お石を刀で斬りつけたのです。
「きゃーー!」
 お石は叫び声を残して、バッタリと倒れました。
 そして、お石の懐からお金の包みを抜き取った男は、そのまま転がるように逃げていきました。
 実はこの時、お石のお腹には赤ん坊がいて、刀で斬られたショックで赤ん坊が生れてしまったのです。
「わ、わたしの赤ん坊・・・」
「・・・・・・」
 赤ん坊は生れてくるのが早すぎたのか、まだ泣くことが出来ない様子です。
 お石は、生れたばかりの赤ん坊を抱きしめようと手を伸ばしましたが、そのまま力尽きて死んでしまいました。
 するとその時、
「おんぎゃー! おんぎゃー!」
と、お石が死ぬときにしがみついていた石が、赤ん坊に代わって大声で泣きはじめたのです。
 その声は、風に乗って遠くへ響きました。
(はて? どこかで赤ん坊の泣き声がするぞ)
 それを近くにある久延寺(くえんじ)の和尚さんが聞いて、泣き声のする方へ歩いていきました。
「何とも不思議な泣き声じゃ。まるで、わしを呼んでいるような」
 和尚さんが声を頼りに探してみると、刀に斬られて血だらけのお石と、生れたばかり赤ん坊がいたのです。
「なんと、ひどいことを」
 和尚さんは、死んだお石と赤ん坊がつながっているへその緒を切ると、赤ん坊を抱いて寺へと戻りました。
 そして人を頼んで、お石の亡骸を運んで来させました。
「かわいそうに、赤ん坊がわしが育ててやるから、安心して成仏するがよい」
 こうして和尚さんは、お石の亡骸をねんごろに弔ってやると、赤ん坊に音八という名前を付けて、わが子の様に可愛がったのです。
 おかげで音八は病気一つせずに、すくすくと育って行きました。

 ところが不思議な事に、お石が殺された次の日から、夜になるとあの石が『ひいひい』と泣くような声を出すのです。
「殺されたお石の魂が石に乗り移って、ああして泣くのだろう。」
 和尚は、あらためて石の前でお経をあげましたが、泣き声が止む事はありませんでした。
 しかし、泣き声だけで別に悪い事が起きるわけでもないので、村人たちは気味悪く思いながらも、そのまま放っておきました。

 さて、音八が十三歳になったある日、音八は和尚さんに尋ねました。
「村人たちは、あの夜泣き石の声は、お前のおっかさんの声だと言いますが、どうしてですか?」
「それは・・・」
 しばらく考えていた和尚さんは、音八が生まれた時の事を詳しく話して聞かせました。
「いいか、お前も、もう一人前の男だ。今さら、こんな事を聞いたからといってくじけるではないぞ。血はつながっておらぬが、お前はわしの子。しっかり修業して、わしのあとを継ぐのじゃ」
 目に涙を浮かべて聞いていた音八は、いきなり和尚の前に両手をついて言った。
「和尚さま、今日までわたしを育ててくださり、本当にありがとうございました。でも、事実を知った今、産んでくれた母の無念を思うと胸が張り裂けそうになります。どうかわたしを都へやってください」
「都へ行って、どうする?」
「はい、刀鍛冶になりたいと思います。」
「どうして、刀鍛冶になりたいのだ?」
「・・・・・・」
「母親の仇討ちの為か?
「・・・・・・」
「馬鹿な事は考えず、どうかわしの子として、わしのあとを継いでくれ」
「・・・・・・」
 いくら説得しても駄目なので、和尚さんは言いました。
「それほど言うなら、刀鍛冶になるのもよかろう。だが、お前が仇討ちをしても、母親は帰っては来ない。もし、仇が心を入れ替えているのなら、許してやれ」
「ありがとうございます! 和尚さまのご恩は、一生忘れません! 必ず、日本一の刀鍛冶になります!」

 次の日、音八は和尚さんや村人たちに見送られて、都へと旅立ちました。
 それから何年か過ぎて、音八は大和の国(やまとのくに→奈良県)の源五郎という刀鍛冶のところで働いて、ようやく一人前と認められたある日の事、音八が一人で仕事をしているところへ、旅の男がやって来ました。
「すまないが、この刀を研ぎ直してほしい」
 男は、一本の刀を差し出しました。
 音八が抜いてみると、あちこちに刃がこぼれがあり、拭き取ってはいるものの血の跡も見えます。
 これは間違いなく、人を斬った刀です。
「お客さん、これはずいぶんと長い間使っていない刀ですね」
「ああ、訳あって、長い間しまっていたのだが、品物が良いので捨てるわけにもいかず、もう一度研ぎ直そうと思ってな」
「訳とは?」
「実は、十七、八年も前の事だが、ある峠で女を斬った時、そばにあった石も一緒に切りつけてしまってな。縁起が悪いので、それから使わずにしまっていたんだ」
 そのとたん、音八の心臓がびくんと高鳴りました。
(さては、こいつが母の仇であったか!)
 わきあがってくる怒りを押さえながら、音八は何食わぬ顔で尋ねました。
「どうしてまた、女の人なんか切ったのです?」
「あの頃は貧乏だったからな。別に斬るつもりはなかったが、相手が逃げ出したので、思わず斬ってしまったんだ。しかし、相手が思わぬ大金を持っていたので助かったよ。それからはその大金を元手に仕事をはじめて、今ではそれなりの生活を送っている」
(まちがいない。この男がおっかさんを殺したのだ!)
 音八は、受け取った刀でその男を斬りつけたい気持ちを懸命に抑えると、刀鍛冶の仕事を引き受けました。
 そして数日後、刀は見事に以前の輝きと切れ味を取り戻しました。
 それを受け取った男は、刀の出来映えにとても満足しました。
「これは見事だ! あの刀がここまで輝きを取り戻すとは。礼を言うぞ。代金は、いくらでも払ってやろう」
 すると音八は、首を横に振って言いました。
「いいえ、お代金はいりません。ただ、一つだけお聞かせ下さい。あなたはその刀で女の人を斬ったことを、今ではどう思っているのですか? 悔やんでいますか?」
 すると男は、笑いながら言いました。
「悔やむはずがないだろう。あの女を殺したお陰で、今のおれの生活があるのだからな。わはははははは」
 すると不思議な事に、音八が研ぎ直した刀が一人でに動いて、高笑いする男の心臓を貫いたのです。
「うぎゃーーー!」
 心臓を刀に貫かれた男は、そのまま倒れると死んでしまいました。
「少しでも悔やんでいると言えば、死なずにすんだものを。・・・おっかさん、仇は討ちました。どうか、成仏してください」
 音八はそう言うと姿を消して、それっきり戻っては来ませんでした。

 そしてそんな事があってから、峠の夜泣き石は、ぴたりと泣くのをやめたと言うことです。
 この夜泣き石は今も残っていて、男が切りつけた時の刀の跡がまだあるそうです。

おしまい

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