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第 170話
ネズミ長者
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むかしむかし、江戸の新両替町(しんりょうがえちょう)というところに、一軒の香具屋(こうぐや)がありました。
香具屋とは、お香やお香の道具を売る店の事です。
この店にはお香の良い香りが一日中立ちこめているので、香りにつられてネズミたちが集まって来るようになりました。
「近頃、ネズミが増えたな。店にこんなにネズミがいては、店の信用にかかわる」
主人は店の者に命じてたくさんのネズミ取りを仕掛けましたが、かしこいネズミはちっともかかりません。
そんなある日の夕方、ようやく一匹のネズミがネズミ取りにかかっていたのです。
主人は、奉公人の一人を呼びつけて言いました。
「こいつを殺してしまえ」
「えっ? 殺すのですか?」
「当たり前だろう。ネズミなど、まさか食うわけにもいかんし」
「まあ、それはそうですが」
奉公人はネズミ取りを持って、川へ出かけました。
ネズミ取りごと水の中につけて、ネズミを殺そうというのです。
でも動物好きの奉公人は、どうしてもネズミを殺す気にはなれません。
「でもネズミを殺さないと、ご主人さまにしかられるし」
「チュー」
ネズミは小さな手で金網をつかんで、悲しそうな目でじっとこっちを見ています。
「よしてくれ、そんな目で見られると、殺しにくいじゃないか」
「・・・チュー」
ネズミは鳴きながら、涙をこぼしました。
「殺すぞ、いいな!」
「・・・チュー」
「・・・・・・ええい、わかった。出してやるから、どこへでも逃げていけ。その代わり、もう二度と店に来ては駄目だぞ」
奉公人はネズミ取りの入り口を開けて、ネズミを逃がしてやりました。
助けてもらったネズミは、しばらく奉公人の顔をじっと見ていましたが、やがて、
「チュー、チュー、チュー!」
と、うれしそうに鳴くと、近くの草むらに消えていきました。
それから奉公人は空になったネズミ取りを川の水で濡らすと、なにくわぬ顔で店へ戻りました。
「ネズミを殺して捨ててきました」
その晩の事、奉公人は不思議な夢を見ました。
夢の中にかわいい子どもが現れて言うのです。
「今日は、危ないところを助けていただいて、ありがとうございました。お礼に魚と酒を持って来ましたから、どうぞ召しあがってください」
「助けた? 良く分からないが、遠慮なく頂くとしよう」
奉公人は喜んで酒を飲むと、魚を食べようとして手を止めました。
ずいぶんと小さな鯛だと思っていたのですが、よく見るとそれは鯛ではなく金魚だったのです。
いくら何でも、金魚を食べる気にはなれません。
すると子どもが、にっこり笑って言いました。
「本当に食べなくてもいいですから、食べるふりをして、口の中へ入れるだけでもお願いします」
「でも、金魚だろ?」
「さあ、どうぞ」
あんまり熱心にすすめるので、奉公人は仕方なく金魚を口の中へ入れました。
そしてそのとたん、目が覚めたのです。
「・・・なんだ、夢か」
奉公人はつぶやこうとして、口の中に何かが入っているのに気づきました。
(もしかして、金魚か!)
「ぺっ!」
奉公人があわてて吐き出すと、それは金魚ではなく小判だったのです。
「すごい!」
奉公人は、飛びあがって喜びました。
でも、奉公人がこんな小判を持っていたら、どこからか盗んできたと思われるに違いありません。
そこで奉公人は主人にその小判を見せて、きのうの出来事を詳しく話したのです。
「ご主人さま、ネズミを殺したなどと嘘を言って、申し訳ございませんでした!」
すると主人は、にっこり笑ってこう言いました。
「よく正直に打ち明けてくれた。
それはきっと、お前が動物を大切にするので、神さまが褒美に授けてくださったのだろう。
小判は神さまからの授かり物だから、遠慮なくもらうがいいよ」
そして主人はその事を店の者に話すと、さっそく店中のネズミ取りを片付けさせました。
「ネズミとはいえ、命の重さは人と同じだ。これからはネズミを殺さず、お客さま同様に大切にしよう」
こうしてネズミたちは、安心して暮らせるようになりました。
そしてこのうわさが町に広まって、お客が今まで以上に来るようになったのです。
やがてこの店の主人は、町一番の長者になりました。
おしまい
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