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第 176話
近衛御門(このえごもん)のガマ
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今から千年ほどむかし、京の都の近衛御門(このえごもん)の前に、黄昏時(たそがれどき)になると決まってうずくまっている、ガマがいました。
あたりが闇につつまれる前の、うす暗い時の事なので、御門を通る人は身分の別なく、皆、一度はこのガマにつまづいてひっくり返ってしまうのでした。
ガマは人が自分にひっかかって倒れたとわかると、いつの間にか、その大きな体をどこかにくらましてしまうのです。
このガマにつまづいた者は、もう二度と失敗を繰り返さないぞと、大見栄をきるのですが、どういうわけか、いとも簡単に、二度、三度と、つまづいてしまうのです。
ある時、この噂を耳にした一人の学生が、
「あほなやつらがいるものだな。一度目は大目に見るとしても、何度もひっかかる者にいたっては、そのガマにも劣るというものだ。ここは一番、この私が出かけていって、ガマのやつをこらしめてやるとしよう」
と、夕方、近衛御門へとやってきました。
近衛御門の前には、すでにガマが座り込んでいます。
学生はガマを見るなり、
「いたぞ、いたぞ、ほーれ、この私はへっちゃらだよ」
と、言いながら、ピョーンとガマの体の上を飛びこえました。
ところがそのひょうしに、頭から冠(かんむり)がコロリと下に落ちて、学生の足元にピタッとくっつきます。
「しつこいガマめ。こうしてくれるわ!」
自分の冠をガマと勘違いした学生は、これでもかと、何度も何度も冠をふんづけました。
そこへ、内裏(だいり)から、たいまつを先頭にして、殿上人(てんじょうびと)たちがやってきました。
学生は我にかえり、道にひれ伏して、偉いお方が通り過ぎるのをじっと待っています。
ところが、たいまつを持った男が、火に照らし出された学生の異様な姿に、なみなみならぬ関心をもってしまったのです。
「やっ、こんなところにおかしな男がいるぞ!」
そう叫ぶと、他の人々が、我も我もとのぞきこみます。
なにしろ、みんなの前にひれ伏しているのは、冠もかぶらず、うす汚れた服を着た男だったからです。
「お前はこんな所で、一体何をしているのか?」
皆が口々にそう尋ねます。
「はい、私は紀伝学生(きでんがくせい)の藤原(ふじわら)というものですが、今日は、皆様に大変御迷惑をおかけしておりますガマのやつを、ぜひ退治してやろうと思いたち、やってきたのです」
学生が言い終わるなり、皆は、
「おもしろい奴じゃ」
「いや、ただ、頭がおかしいのさ」
などと、言います。
そして、宮殿(きゅうでん)の中に声をかけ、他の召使いたちを呼び集め、むりやり学生を引っぱり出しましたので、学生の方も、たまったものではありません。
「私は紀伝学生(きでんがくせい)の」
と、頭へ手をやった学生は、初めて冠が頭上にないことに気が付きました。
そしてこれは、目の前で騒ぎたてている召使いたちの仕業に違いないと思いこみ、
「冠を返せ!」
と、大声でわめきちらしました。
ですが、一向に手ごたえはなく、むしろ召使いたちは、
「これはおもろい男だ」
と、大喜びです。
そこで怒った学生は、皆の中へ勢いよく飛びかかっていきました。
ところが近衛御門を出た所で、学生は何かにつまづいて、
パタン!
と、ひっくり返ってしまいました。
顔をひどく打ちつけ、ひたいから血が出てきたのに気がつくと、それこそがガマのせいだとは夢にも思わず、
「大変な事になった!」
と、大急ぎで帰っていったそうです。
おしまい
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