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第 220話
一つ覚え
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むかしむかし、ある山の村に、ぐつという男が母親と兄と三人で暮らしていました。
兄はワナをしかけて、けものなどをとる仕事をしていました。
ある日の事、兄がぐつに言いました。
「ぐつ、何かかかっているだろうから、ちょっとワナを見て来てくれ」
「ほいきた」
ぐつはそう言ってワナを見に山の奥に入って行きましたが、間もなく帰って来ました。
「どうだい、何かかかっていたろう?」
兄が聞くと、ぐつは、
「ああ、となりのニワトリがかかっていたから、放してやったよ」
と、答えました。
となりの家のニワトリが山奥へ出かけるなんて、ちょっと変です。
そこで兄は不思議に思って、ぐつに聞きました。
「そいつは放してやったとき、なんと言った?」
すると、ぐつは、
「うん、そいつはケンケンと鳴いて、逃げて行ったよ」
と、答えるので、
「バカ! それはニワトリではなく、キジというもんだ」
と、兄はぐつに教えてやりました。
その次の日、
「おい、ぐつ、またワナを見て来てくれ。なんでもかかっていたら、よく見て、とって来るんだよ」
兄はぐつに、言いつけました。
「ほいきた」
ぐつは出かけて行きましたが、すぐに帰って来て、
「今日はね、となりのウシの子がかかっていたから、放してやったよ」
と、言いました。
となりの家のウシの子が山奥へ出かけるなんて、ちょっと変です。
そこで兄は不思議に思って、ぐつに聞きました。
「そいつは放してやったとき、なんと言った?」
すると、ぐつは、
「うん、そいつは、オツン、オツンと鼻をならして、逃げて行ったよ」
と、答えるので、
「このバカ! せっかくかかっていたイノシシを逃がすやつがあるか。これからは何がかかっていても、逃がさないで引きずって来るんだぞ」
と、兄はぐつに教えてやりました。
その次の日も、ぐつがワナを見に行きました。
するとたきぎを取りに行った母親が、あやまってワナにかかっていました。
母親はぐつの顔を見ると、ホッとして、
「ああ、ぐつ、早くワナをはずしておくれ」
と、たのみました。
ところが、ぐつは、
「いや、はずして逃がすと、兄にしかられるからだめだ」
と、言って、ワナをはずさないで、そのまま母親をズルズルと引きずって来ました。
「ぐつや、ワナをはずしておくれ」
母親がいくらたのんでも、ぐつは聞きません。
「なにがかかっていても、逃がさないで引きずって来いと、兄にきつく言われているから」
ぐつはそう言って、とうとう家まで母親を引きずって来ました。
川の中でも岩の上でもおかまいなしに引きずって来たので、母親は大ケガをして間もなく死んでしまいました。
兄はまっ青になってしかりつけましたが、いくらしかっても死んでしまった人は生き返りません。
兄は仕方がなく、母親のおそう式のしたくを始めました。
「おい、ぐつ、お坊さんにお経を読んでもらうから、お坊さんを呼んで来てくれ」
兄がぐつに言いつけると、ぐつは、
「ほいきた。でも、お坊さんてなんだい?」
と、聞いてくるので、
「お坊さんというのはな、黒い着物を着て、おがむ者だよ」
と、兄は教えました。
「ああ、あれか」
うなづいたぐつはウシ小屋に行って、黒いウシを見つけると、
「母親が死んだからおがみに来てくれと、兄がよんでる。さあ、来てくれ」
と、たのみました。
するとウシは、
「モウー」
と、ないて、そっぽを向いてしまいました。
それでぐつはもどって、兄に知らせました。
「お坊さんは、『もう、いやだ』と言っていた」
「何、そんなはずはないだろう。・・・そのお坊さんは、どこにいたんだ?」
「そのお坊さんは、ウシ小屋にいたよ」
「バカ! それは黒ウシだ! お坊さんは、寺にいるんだ。寺は、高い大きな家だ。早く行ってこい」
兄が怒って言うと、ぐつはすぐに出かけて行き、高い木の上に黒い物がとまっているのを見つけました。
「高いところにいる、黒い物。これだな。おーい、母親が死んだからおがみに来てくれと、兄がよんでる。早く来てくれ」
ぐつが言うと、その黒い物は、
「カァー」
と、鳴いて、飛んで行ってしまいました。
それでぐつは、そのことを兄に知らせました。
「・・・まったく、お前というやつは」
ぐつを使いにやっても役に立たないので、兄はぐつに、
「もういい。お前は、めしをたいておれ」
と、言って、自分でお坊さんを呼びに出かけて行きました。
ぐつがご飯をたいていると、なべがグツグツと音を立て始めました。
(おや? このなべは、おらの名前を知っていて呼ぶんだな)
ぐつはそう思って、
「ほい、ほい」
と、返事をしていました。
ですがそのうちなべは、グツクッタ(ぐつ食った)、グツクッタ(ぐつ食った)と音を立てました。
それで、ぐつは、
「おらは、食ってないよ」
と、答えていましたが、いつまでも、グツクッタ、グツクッタと、なべが言っているので、ぐつは怒ってなべを庭に持ち出すと、石の上にたたきつけてやりました。
そしたらなべは、
「クワン」
と、言って割れました。
そしてそれきり、何も言わなくなりました。
(早くそう言えば、割られないですんだのに)
ぐつがそう思っていると、兄が帰って来てまたしかられました。
兄はおそう式の前に、お坊さんを風呂に入れようと思って、ぐつに風呂をわかさせました。
そしてわいたと言うのでお坊さんが入ると、底の方はまだ水でした。
「こりゃ、冷たくてかなわん、かぜを引くから、早くなんでもくべてわかしてくれ」
お坊さんがブルブルふるえながらそう言ったので、ぐつは近くにあったお坊さんのゲタや衣を全部燃やしてしまいました。
おかげでお坊さんが風呂から出ると、持ち物が何もなかったという事です。
おしまい
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