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第 224話

闘牛のクロと大グマ

闘牛のクロと大グマ
岩手県の民話岩手県の情報

日本語 ・日本語&中国語

 むかしむかし、あるところに、黒牛の闘牛を飼っている男がいました。
 その闘牛は角が人間の腕よりも太くて、角あわせをしても一度も負けた事がありません。
 ある年の角あわせの日、男は黒牛を連れて闘牛会場へ行くと、世話役の人に言いました。
「おれの闘牛のクロに、当日になっても参加の案内が来なかったが、何かの手違いか?」
 すると世話役は、申し訳なさそうに言いました。
「すみません。実は、クロがあまりにも強いため、どの参加者もクロと闘うのは嫌だというのですよ」
「そうか、確かに、負けると分かっている試合など、誰もしたがらないもんな」
 男は仕方なく、クロと一緒に家に帰りました。
 せっかく闘えると思っていたクロも、何だかがっかりした様子です。
「すまねえな、クロ。いまにきっと、お前が全力で闘えるような相手を探してやるからな。だから今は、こらえてくれ」
 男はクロの世話をしながら、毎日そう言い聞かせました。
 ところがある朝、男が牛小屋に行ってみると、クロの姿がないのです。
「クロ! どこへ行った!」
 男はびっくりしてクロを探しましたが、どこを探してもクロはいません。
 そこで仕方なく牛小屋で待っていると、しばらくしてクロが帰って来ました。
「クロ! 今までどこに・・・」
 男はクロを叱りつけようとしましたが、クロの体を見てびっくりしました。
 今までどんな相手と闘っても、かすり傷一つ負わなかったクロが、全身生傷だらけなのです。
 しかもひどく疲れている様子で、そのまますぐに眠ってしまいました。
 しかしクロの目は、どの闘牛と闘ったときよりも生き生きしていました。
 次の朝、男が起きた時には、もうクロはいませんでした。
 そして戻って来た時には、昨日よりも生傷が増えていたのです。
(クロのやつ、いったいどこへ行って、誰と闘っているのだ? ・・・明日、確かめてやる)
 その次の朝、男はまだ暗いうちに起きて牛小屋へ行くと、抜け出して行くクロの後をつけました。
 クロは山の奥へと入っていき、林に囲まれた広場のような草地へとやって来ました。
 そして全身に力を入れると、
 モーーゥ!
と、一声鳴きました。
(クロがこれほど気合いを入れるのは始めてだ。いったい、どこの牛が相手だ?)
 男がそう思っていると、やがて向いの林の中から、クロに負けないほど大きな体のクマが現れたのです。
(あっ、あのクマは!?)
 そのクマは、最近あちこちの村の家畜を襲っている大グマで、何人もの猟師が退治に出かけたのですが、反対に、何人もの猟師がそのクマに殺されているのです。
 クロとクマはしばらくにらみ合っていましたが、先にクロが仕掛けて、頭を下げると激しい勢いで突進しました。
 しかしクマは仁王立ちになると、太い前足でクロの頭を叩きつけます。
 クロはたくみにその一撃を角で受け止めると、再びクマの体に突進しました。
 クロとクマはほぼ互角で、それから何時間も闘いましたが、やがて疲れ切った二頭は、お互いに背中を向けると、クマは森の中へと、クロは自分の牛小屋へと帰っていきました。
「そうか、クロはあの大グマと毎朝闘っていたのか」
 その日の真夜中、男は何とかクロを勝たせてやろうと、クロがまだ眠っているうちに、クロの角にべっとりと油を塗りつけてやりました。
 次の朝早く、またクロが出かけたので、男は後をつけました。
 昨日の広場には、すでに大グマが待っていて、クロがやってきたとたん、クロに突進してきました。
 クロも負けじと突進すると、大グマに体当たりしました。
 お互いにはね飛ばされた二匹は、すぐに起き上がると、今度は相手の隙を見つけるかのようににらみ合いました。
 そして仁王立ちになった大グマは、太い前足をクロの頭に振り下ろしました。
 クロはその一撃を角で受け止めたのですが、クロの角には油が塗ってあったので、クマは前足を滑らせると、そのままバランスを崩してクロの角に自分の脇腹を突き刺してしまったのです。
 グォーーッ!
 大グマは苦悶の叫びを上げると、クロの角で脇腹を突かれたまま、死んでしまいました。
 それを見た男は飛び上がって喜ぶと、クロに駆け寄って言いました。
「クロ! よくやったぞ! この大グマめ、おれがお前の角に油を塗った事も知らずに突っ込んで、油に滑って死におったわ。わははははははっ!」
 でもクロは、少しもうれしそうな様子は見せず、反対に悲しそうな表情で死んだ大グマを見つめていました。
 正々堂々と闘ってきた大グマに、角に塗られた油のおかげで勝った事を恥じているのでしょう。
 クロは近くの木で角に塗られた油をこすり取ると、そのまま牛小屋に帰っていきました。
 そしてそれからは、男がどんなにエサを食べさせようとしても、エサを一口も口にしないのです。
 そして骨と皮ばかりになった頃、クロは牛小屋を抜け出して、あの山奥の広場で大グマ死骸に寄り添って息絶えたのです。
 それを知った男は、涙を流してクロにあやまりました。
「クロ、すまなかった。おれがお前の角に油を塗ったばかりに」
 それから男はクロと大グマの亡骸をていねいに葬り、そこに社を建てて二匹の供養をしたのです。

おしまい

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