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第 238話
長兵衛と天女
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むかしむかし、芥子(けし)を作るのが上手な、長兵衛という百姓がいました。
長兵衛の広い畑は、全てが芥子の畑です。
春になると芥子は花を咲かせて、それは見事な花畑となりました。
ある日の事、その花畑に、天から天女たちがやって来たのです。
天女たちは空飛ぶ羽衣(はごろも)をたなびかせて花畑に舞い降りると、羽衣を近くの木にかけて花畑で遊び始めました。
それを見つけた長兵衛は、
(なんと美しい。あんな美しい女が、おれの女房であったら)
と、思い、天女が木にかけていた羽衣を一枚、花畑の中に隠したのです。
やがて天女たちは羽衣をかけた木の所へ戻ってくると、その羽衣を身にまとって空に飛び上がりました。
でも一枚の羽衣を長兵衛が隠してしまったので、一人の天女が天に帰れず、その場に取り残されてしまいました。
長兵衛はそれを見ると、親切そうに声をかけました。
「こんなところで、何を探しているのですか?」
すると天女は、自分は天から来た天女で、羽衣がなくなったために天へ帰れないことを告げました。
「なるほど、それではさっき、風が吹いて飛んでいった羽衣は、あんたの羽衣だったのか。
あんたの羽衣は、この花畑のどこかにあると思うが、何しろこれだけ広い花畑では探しようがない。
でも、大丈夫だ。
そのうち花が散って芥子坊主になれば、あんたの羽衣もすぐに見つかるだろう。
その時は、おれも一緒に探してやるから、それまでおれの家にいるといい」
「・・・はい。お世話になります」
こうして天女は、長兵衛の家で暮らすことになりました。
さて、芥子の花が散る頃になると、天人は長兵衛に約束の羽衣探しを頼みました。
すると長兵衛は、
「いやいや、花は散ったけれども、まだ葉が青々しているから無理だ」
と、言って、羽衣を探そうとはしません。
そしてその葉が散ってしまうと、長兵衛は仕方なく天女と一緒に芥子畑へ行きました。
すると隠しておいた羽衣は雨風にさらされてボロボロになり、いくら天女が身にまとっても飛ぶ事は出来ませんでした。
それからの天女は、毎日毎日、泣き暮らす日々でした。
そんな天女を見て、長兵衛は天女に本当の事を言いました。
「すまんかった。
実は、お前を女房にしたくて、おれが羽衣を隠したんだ。
このつぐないに、望む事があったら何でもしてやるから」
すると天女が、こう言いました。
「それでは、ハスの花の茎を千本取って来て下さい。わたしはそれで、糸をつむぎます」
そこで長兵衛は、何日もかけてハスの茎を千本集めました。
天人はその千本の茎をほぐすと、目に見えないほどの細いハスの糸をつむいで、機(はた)にかけて、世にもきれいな羽衣を織り上げました。
そして羽衣を織り上げた次の日、天女は玉のような男の子を産みました。
天女は男の子を長兵衛に手渡すと、悲しそうに言いました。
「お名残り惜しいことですが、わたしが天に帰る日が来ました。
あなたと過ごした思い出に、この子を残して行きます。
この子は乳がなくても育つ天人子(てんにんこ)ですが、もしもむづかる時があったら芥子畑に連れて行って、芥子の花びらに乗っている朝露夕露を吸わせて下さい。
それでは、さようなら」
天女は羽衣を身につけると、フワリフワリと空高く舞い上って天に帰ってしまいました。
その後、長兵衛は天女が恋しくなると、男の子を抱いて芥子畑に立ちました。
するとその度に、天から天女の美しい歌声が聞こえてきたという事です。
おしまい
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