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7月17日の小話
念仏坂(ねんぶつざか)
むかし、むかし、ある峠道(とうげみち)に、とてもけわしい坂がありました。
「なむあみだーぶ。なむあみだーぶ」
と、念仏をとなえながらのぼるので、念仏坂とよばれていました。
ある日のこと。
ひとりの男が、車にどっさりと炭俵(すみだわら)をつんで、この坂をのぼっていきました。
「なむあみだーぶ、うんとこしょ。なむあみだーぶ、うんとこしょ」
足をふんばり、両うでに力をこめてひいておりましたが、坂のとちゅうまでくると、重たくて、どうにもうごきません。
なんのこれしきのことと、
「なむあみだーぶ、うんとこしょ」
念仏をとなえ、力いっばいひっぱりますが、車は坂をあがるどころか、ヘたをすると、ずりおちてしまいます。
あぶなくて、もう、どうしようもありません。
いまはもう、あせだくになって、おさえているのが、やっと。
すると、ちょうどそこヘ、旅の坊さんがひとり、坂の上からくだってきました。
「おう、これはなんぎなことじゃろう。待て、待て。ちと、頭を貸そう」
坊さんは、くまざさをかきわけて、林の中ヘはいっていった。
(力を貸そうというのならわかるが、頭を貸そうとは、みょうなことをいうわい。)
と、おもいながら、男がしっかり車をおさえて待っていると、坊さんは、長い藤(ふじ→マメ科フジ属)づるを両手にかかえて、くまざさの中から出てきました。
さっそく、車のかじ棒に、藤づるのかたはしをまきつけて、がっちりとむすぶと、
「あの坂の上の松の木までいってくる。もうちょっとのがまんじゃ」
坊さんは、のこった藤づるをたぐりよせ、坂をのぼっていきました。
(へんなことをするわい。)
と、おもっていると、坊さんは、坂の上の太い松の木をぐるりとまわって、
「そら、いくぞ。力いっばい車をひきなされ」
坊さんは、自分のからだに、藤づるをぐるぐるまきにして、
「なむあみだーぶ、うんとこしょ」
と、おりてくる。
男は、
「なむあみだーぶ、うんとこしょ」
と、車をひきあげる。
坊さんが、体に藤づるをまきつけたままおりてくる。
男が上へひきあげる。
ふたりはとちゅうですれちがったが、ものもいわずに、
「なむあみだーぶ、うんとこしょ」
「なむあみだーぶ、うんとこしょ」
ふたりの声が一つになって、山にこだましました。
「なむあみだーぶ、うんとこしょ」
「なむあみだーぶ、うんとこしょ」
「なむあみだーぶ、うんとこしょ」
車は、みごとに坂をあがりきって、太い松の木のところまでつきました。
(やれやれ、あとは、もうだいじょうぶ。)
男は、ふりむいて、坊さんに手をふった。
坂の下でも、坊さんが手をふっていました。
おしまい