1月7日の百物語
首のないウマに乗る女
香川県の民話
むかしむかし、讃岐の国(さぬきのくに→香川県)の津田(つだ)というところに、とても古い屋敷がありました。
長い間、人が住んでいない為に屋敷はボロボロで、まるでお化け屋敷の様です。
この屋敷を取り囲んでいる土塀(どべい)の中ほどから、大きな松の木が枝を広げていました。
松の木には、たくさんの小鳥たちが巣をつくっています。
ある日のお昼過ぎ、一人の侍(さむらい)がこの屋敷の前を通りかかると、突然、屋敷の中から黒いかたまりが飛び出してきました。
「な、何者!」
侍はビックリして、刀に手をかけました。
黒いかたまりは、侍の近くをフワフワと飛び回ります。
「おのれ、こしゃくな! えいっ!」
侍は刀を抜くと、黒いかたまりに切りつけました。
ところが黒いかたまりはフワリと刀をかわし、今度は侍の首のまわりをグルグルと動き回ります。
「えいっ! とりゃ! どりゃぁ!」
侍は何度も刀を振り回しましたが、少しも当たりません。
疲れ果てた侍は、やがてフラフラになり、
「もうだめだ。・・・誰か、助けてくれえ!」
と、叫んでその場に倒れると、そのまま気を失ってしまいました。
すると黒いかたまりは侍を包み込んで空へ舞い上がり、侍を松の木の上に運びました。
それから数日後、旅の商人がこの侍を見つけて大騒ぎとなりました。
大人数で侍を松の木からおろしてみると、侍はもう死んでいました。
このうわさが広まると、いよいよこの屋敷の前を通る人がいなくなり、昼間でもめったに人が近づきませんでした。
さて、死んだ侍には、仲の良い友だちの侍がいました。
「あいつを殺したのが、お化けか幽霊かは知らぬが、わしがかたきをとってやる」
そう言うと友だちの侍は、一人で屋敷に出かけました。
(さて、どこから調べてみるか)
屋敷の前で中の様子をうかがっていると、ふいにパカパカパカパカという、ウマのかけてくる音がしました。
どうやらその音は、屋敷の中から聞こえてくるようです。
友だちの侍は刀を抜くと、くぐり戸を開けて屋敷の庭へ飛び込みました。
「ややっ、なに奴」
なんとそこには首のないウマが走り回っていて、ウマの上には髪の毛をふりみだした女の人が乗っています。
女は侍を見て、
「ケケケケッ」
と、笑い出しました。
さすがの侍も怖くなり、あわててしげみの中に隠れました。
するとウマに乗った女が、しげみのそばへかけてきて、
「隠れても無駄だよ。ケケケケッ」
と、再び笑いかけたのです。
その顔はどこまでも青白く、大きく裂けた口からヘビの様に長い舌がチョロチョロと動いています。
「ウギャーーーッ!」
侍は悲鳴(ひめい)をあげて、そのまま気を失ってしまいました。
「何事だ!」
この悲鳴を聞きつけた旅の商人が、あわてて屋敷に飛び込みました。
すると気を失っている侍の周りを、黒いかたまりがフワフワと飛んでいました。
「しっかりしろ、大丈夫か!」
商人が侍を外へ連れ出してくれたので、侍は何とか無事に息を吹き返しました。
もしこの商人が通りかからなかったら、この侍も松の木の上で死んでいたでしょう。
それから数年後、この屋敷は自然にこわれ、松の木も枯れてしまったという事です。
おしまい