2月3日の百物語
ちんちんこばかま
むかしむかし、あるところに、とても美しい娘がいました。
この娘は両親からとても可愛がられて育ったので、使ったつまようじをきちんと捨てようともしない不精者(ぶしょうもの)になりました。
さて、この娘もやがて年頃になり、ある侍の嫁になりました。
夫が長い仕事で留守の間、若い嫁は毎日のんびりと暮らしていました。
そんなある真夜中、とても不思議な事がおこったのです。
寝ていた嫁のまくらもとで音がするので、目が覚めた嫁がふと見るとどうでしょう。
かみしもを着て腰に刀を差した小指ほどの小さな男たちが、何十何百と集まって踊っていたのです。
♪ちんちん こばかま
♪夜も ふけてそうろう
♪おしずまれ 姫ぎみどの
♪や とん とん
※わたしたちは、ちんちんこばかまでございます。夜もふけました。おやすみなさい、姫ぎみさま。
こんな歌を、繰り返し繰り返し歌うのです。
そして小人たちは、踊って歌いながら時々嫁の方を向いてにらみました。
その小人たちの目を見て、
(言葉はていねいだけれど、小人たちは、わたしをいじめるつもりなのだわ)
と、嫁は思い、
「あっちへお行き、さあ、お行きったら!」
と、小人たちを手で追い払ったのです。
ところが小人たちは、追い払っても追い払っても逃げようとしません。
そこで嫁が小人たちを捕まえようとすると、小人たちは素早く逃げ回り、
♪ちんちん こばかま
と、歌いながら、嫁を馬鹿にする様に踊り回るのです。
やがて朝になると、小人たちは歌い踊りながらどこかへ消えていきました。
「あの小人たちは、化け物だわ」
恐ろしさのあまり嫁の目に涙があふれ、体がガタガタと震えました。
しかし嫁は、武士の妻です。
小人の化け物が恐ろしいなんて、屋敷の者には言えません。
嫁は、それからも毎晩現れる小人たちにおびえて眠れない毎日を過ごし、やがて病気になってしまいました。
そんなある日、長い仕事からようやく帰ってきた侍が、病気の妻をやさしく看病してやりながら、小人の化け物の話を聞いたのです。
「さようであったか。それは恐ろしいめにあったな。だが、心配する事はない。わたしがきっと、その化け物を退治してあげよう」
その夜、侍は押し入れの中に隠れて小人の化け物が現れるのを待ちました。
すると、どこからか、
♪ちんちん こばかま
♪夜も ふけてそうろう
♪おしずまれ 姫ぎみどの
♪や とん とん
と、あの歌の声が聞こえてきました。
歌がだんだん大きくなると、嫁のまくらもとに小人たちが現れました。
嫁の言う通り、かみしもを着て腰に刀を差した小人たちが、『ちんちんこばかま』を歌いながら、しきりに踊っています。
(うむ、こやつらか。・・・えい!)
侍は押入れから飛び出すと、刀をたたみの上すれすれに走らせました。
すると小人たちの姿がパッと消えて、あとにはただ、ひとつかみの古いようじが散らばっているだけでした。
「・・・なるほど」
侍はそれを拾い上げると、嫁に言いました。
「ごらん。
これが、化け物の正体だ。
お前は無精(ぶしょう)で、つまようじを使ったあと、捨てるのをじゃまくさがって、いつもたたみの間に差し込むだろう?
それでつまようじが腹を立てて、化けて出たのだよ」
その後、妻は不精をやめて使ったつまようじをきちんと捨てる様になり、小人の化け物も現れなくなったそうです。
おしまい