3月8日の百物語
前世がメス蛇だった娘
島根県の民話
むかしむかし、ある大金持ちの家に、とても美しい娘がいました。
娘は小さい頃から谷田池(たにだいけ)の名前を口にして、その池に行きたいと言っていました。
両親はそれを聞くたびに、不思議そうに首を傾げました。
谷田池は、ここから歩いて何日もかかる所にある大きな池で、娘は一度も行った事がないからです。
さて、娘が十六才になった春の事。
両親はようやく、娘が谷田池へ行く事を許してやりました。
しかし途中で何かあったら大変なので、娘に何人ものお供をつけました。
数日後、娘の一行はようやく谷田池に着きました。
谷田池を初めて見た娘の目に、うれし涙が浮かんでいます。
娘は池のほとりにある小きな社(やしろ)の前で、しずかに手を合わせました。
お祈りがすむと、娘は池の水で手を洗いたいと言って、池に近づいていきました。
そしてそのまま、娘は池に飛び込んだのです。
ビックリしたお供の者たちが池に飛び込んで娘を助けようとすると、娘の体はみるみるヘビの姿に変わって、水の中に消えてしまいました。
この話を聞いてとても悲しんだ両親は、ある有名な占い師に娘が無事に成仏したかどうかを占ってもらいました。
すると占い師は、こう言ったのです。
「娘さんの前世(ぜんせ)は、谷田池の主である大蛇の妻のメス蛇です。娘さんは今も主の妻として、池の底で幸せに暮らしています」
それから何年かたった、ある年の五月の事。
谷田池の持ち主が、池を土でうめて田畑にしようとしました。
そして池の主の大蛇(だいじゃ)が暴れて工事のじゃまをしない様にと、お坊さんに七日間のお祈りをしてもらいました。
すると七日目の夜、池に住む夫婦の大蛇が池のほとりに蛇のうろこを一枚置いて、どこかへと姿を消したという事です。
おしまい