4月5日の百物語
春先の雪女
むかしむかし、雪の俳句が得意な、年寄りの俳人(はいじん→俳句を作る人)がいました。
ある明け方の事。
便所へ行った俳人が、ふと庭を見ると、庭の竹やぶの前に何やら白い物が立っています。
(おや?)
よく見てみると背の高さが一丈(→約三メートル)もある大女で、髪の毛も顔も透き通る様にまっ白です。
まだ若い女らしく、その顔は俳人が今まで見た誰よりも美しいものでした。
(一体、何者だ?)
思わず庭におりて近づこうとすると、女はニッコリと笑いかけ、竹やぶの方へ歩き出しました。
そのあでやかな歩きぶりは、とても大女のものとは思えません。
俳人が声をかけるのも忘れて見とれていると、やがて女の姿がフッと消えました。
夜が明けるのを待って、俳人は竹やぶの辺りを念入りに調べてみましたが、どこにも足跡一つありません。
(もしや、あれが雪女というものだろうか? いや、雪女は雪の深い時に現れると聞く、いかに雪が残っていようとも、今頃現れるはずは)
俳人は俳人仲間のところへ出かけると、庭で見た事を話しました。
すると、仲間の一人が言いました。
「それは、間違いなく雪女だろう。
花は、散る時が一番美しく、それは雪女とて同じ事。
春先に現れる雪女は、この世の物とは思えぬほど美しいそうだ。
それを見る事が出来たとは、何ともうらやましい事よ」
「そうか。しかしなぜ、わたしの家の庭などに現れたのだろう?」
「さあ。もしかすると、お前さんが雪の俳句を好んでつくるからではないか。
あるいは、雪女に気に入られたか。
今度の大雪には、雪女がたずねて来るかもしれないぞ」
俳人は、雪女に冷たい息をかけられて凍え死んだ男の話しを思い出して、
「と、とんでもない!」
と、言いましたが、あの美しい女にもう一度会えるのなら、残り少ない命を差し出してもよいかとも思いました。
それから雪が降ると俳人は庭をながめる様になりましたが、俳人の庭に雪女が現れる事は二度とありませんでした。
おしまい