4月8日の百物語
なわ
東京都の民話
むかしむかし、江戸(えど→東京都)に、池城新左衛門(いけしろしんざえもん)という侍(さむらい)が住んでいました。
ある晩、友だちの家からの帰り道、ちょうど墓場(はかば)にさしかかると、
「あっ」
と、新左衛門は思わず声をあげました。
黒くて不気味な物が、道に転がっていたのです。
よく見ると、どうやら人間の様です。
「何者だ?」
声かけて近寄って見ると、それは手足をなわでしばられた女の人でした。
「この様なところで、何をいたしておる?」
新左衛門がたずねると、女の人はかすれた声で苦しそうに答えました。
「わたくしは、この世の者ではござりませぬ」
「なに、すると死人か?」
「はい、夫を殺した罪(つみ)で、手足をしばられたまま土の中に埋められた者でございます。
この様にしばられたままでは、地獄へも行けません。
どうぞ、わたくしのこのなわをほどいてくださりませ」
「・・・・・・」
思いもよらない頼まれ事に新左衛門がためらっていると、女の人が涙声で言います。
「わたくしは毎晩ここに現れて、多くのお方にお願いしましたが、どなたさまも怖がって逃げてしまわれます。
それでいまだに、なわの姿のままで苦しんでおります。
お侍さま、どうぞ、このなわをほどいてくださりませ」
話しを聞くうちに、新左衛門はこの女の人があわれに思えてきました。
「うむ。刑(けい)をすましたからには、そなたに罪はないはずじゃ。そなたの望みを、かなえてやろう」
新左衛門が女の人のなわをほどいてやると、女の人は涙を流しながら、
「ありがとうございます。ご恩は決して、忘れませぬ」
と、言って、かき消す様に消えてしまいました。
それから、数年後の事。
新左衛門はお家騒動(おいえそうどう→権力争い)に巻き込まれて、責任を取って手足をなわでしばられたまま、打ち首になってしまったのです。
するとそこへ、どこからともなく女の人が現れて、首のない新左衛門の死体のなわをほどくと、そのままスーッと消えてしまったという事です。
おしまい