4月11日の百物語
動かない亡骸(なきがら)
京都府の民話
むかしむかし、京の都のある屋敷(やしき)に、娘が一人で暮らしていました。
娘は父と母に可愛がられて育ちましたが、もう、二人とも死んでしまっていません。
残された娘はお嫁に行く事もなく、一人で屋敷を守っていましたが、ある時、重い病気にかかって死んでしまいました。
そこで親戚(しんせき)の人たちがお葬式(そうしき)をする事になり、娘のなきがらを棺におさめて野べ送り(のべおくり→死者を火葬場や埋葬地まで見送る事)の為に野原へ運んで行きました。
するとその途中で、棺をかついでいた人たちが、
「おや? どうしたんだろう? 急に棺が軽くなったぞ。ちょっと、調べてみよう」
と、棺をおろして、ふたがほんの少し開けました。
「あっ!」
ふたを開けた人たちは、びっくりです。
棺の中は空っぽで、おさめたはずのなきがらがありません。
「どこかで、落としてしまったのだろうか?」
「そんなはずはない。もし落とせば、すぐにわかるはずだ」
「とにかく、道を引き返してみよう」
親戚の人たちが道を引き返しながら探しましたが、なきがらを見つける事は出来ません。
すると、一人の男が、
「もしかすると、あの屋敷に帰ったのでは」
と、娘の屋敷へ戻りました。
すると娘のなきがらが、座敷のふとんに横たわっていたのです。
男はすぐに親戚の人たちを呼びよせて、どうするかと相談をしました。
「不思議な事だが、なきがらが帰って来たのは事実だ」
「いずれにしても、明日また、あらためて野べ送りをしようではありませんか」
次の日、娘のなきがらは再び棺におさめられ、簡単には開かない様にしっかりとふたがされました。
「では、そろそろ運びましょう」
親戚の人たちが棺に手をかけようとすると、しっかりふさいだふたが開きはじめたではありませんか。
親戚の人たちがあっけにとられていると、ふたはさらに開いて、棺の中の娘のなきがらが立ちあがりました。
「あわわ!」
「・・・・・・!」
親戚の人たちは、腰を抜かして口もきけません。
棺を抜け出した娘のなきがらは、元の様に座敷のふとんに横たわりました。
「不気味な事だが、このままにしておくわけにはいくまい。もう一度、棺におさめよう」
親戚の人たちは恐る恐るなきがらをかかえあげようとしたのですが、なきがらはまるで根を生やした様にビクともしません。
「そんな馬鹿な、四人がかりでも動かぬとは」
その時、一人のおじいさんが、なきがらの耳元に話しかけました。
「そうか、そうか。
お前さんは、この屋敷を離れたくないのだな。
では、のぞみをかなえて、この屋敷の床下に埋めてあげよう」
するとわずかに、娘のなきがらが微笑んだ様な気がしました。
そこでおじいさんはみんなに指示をして、座敷の床をはがすと穴を掘らせました。
「さあ、ここで屋敷を見守りといい」
おじいさんがなきがらを抱くと、今度はやすやすと持ち上がり、おじいさんはなきがらを床下におろしました。
そして親戚の人たちは土を盛り上げて塚をつくると、安心した顔で帰って行きました。
その後、古くなった屋敷は取り壊されましたが、塚は今でも残されているそうです。
おしまい