4月13日の百物語
人形のけんか
むかしむかし、ある人形使いが仕事の打ち合わせに行く途中、友だちの男の家に立ち寄りました。
人形使いとは、見せ物小屋などで人形劇をする人の事です。
「よう、元気か?」
「ああ、お前か。しばらくだな。どうだい、景気は?」
「ありがたい事に、それなりに忙しいよ」
「そうか。よかったら、今夜は泊まっていってくれよ」
「そうしたいが、今は仕事の打ち合わせに来ているんだ。もうそろそろ出かけないと」
「それじゃ、明日また来てくれ。それまで荷物の人形箱を預かってやるよ」
「いや、でもこれは、わしの命よりも大切な物だから・・・」
「それなら、なおの事だ。打ち合わせがすむまで、おれが大切に守ってやるよ」
そこまで言われると持って行くとは言えないので、人形使いは人形箱を男に渡すと出て行きました。
夜になると男は、預かった人形箱を自分の枕元に置いて寝る事にしました。
すると真夜中、男の枕元で、ガシャガシャ! ゴソゴソ! と、ネズミが暴れる様な音がしました。
男は飛び起きると、すぐに人形箱を確認しましたが、人形箱は無事です。
「よし。人形箱は無事だ」
男は安心すると、再び眠りました。
するとまた、しばらくたって、ガシャガシャ! ゴソゴソ! と、音が聞こえてきます。
しかもどうやら、その音は人形箱の中から聞こえて来るようです。
(もしかして、ネズミが人形箱に忍び込んだか? 大切な人形をネズミにかじられては一大事だ!)
男は明かりをつけると、人形箱のふたを取って中を確認しました。
幸いな事に中にネズミの入った様子はなく、たくさんの人形がきちんと並んでいます。
「やれやれ、取り越し苦労か」
安心した男は箱のふたを閉めて再び寝ようとしましたが、今度は箱の中で、ドタバタ! ドタバタ! と、何かが暴れる音がするではありませんか。
「なっ、何だ? 箱の中には、人形しかないはずなのに!」
男は気味が悪くなりましたが、それでも箱のふたを開けてみました。
すると、どうでしょう。
中に入っている侍の人形と盗賊の人形が激しくにらみあい、小さな口を開いて、お互いに噛みつこうとしているのです。
「わっ! 何だ、この人形は! こら、やめろ! やめないか!」
男は思わず二つの人形をつかむと、箱の外へと引っ張り出しました。
すると人形は死んだ様に静かになり、男がさわっても動こうとはしません。
「これは、どういう事だ?
さっきは確かに、人形がけんかをしていたよな?
カラクリ人形の様には、・・・見えないし。
・・・とにかく、この二つを一緒に入れてはまずいな」
男は二つの人形を外へ出したまま、一睡もせずに二つの人形を見張りました。
次の朝、用事を終えた人形使いが帰って来ました。
そこで男が昨日の出来事を話すと、人形使いは、ほっとした顔で言いました。
「人形を外に出したのは、良い判断だ。
あんたのおかげで、大事な人形が壊れずにすんだよ。
実はこの人形は敵同士で、一緒の箱に入れるとけんかをして、相手を粉々にしてしまうんだ。
いつもは違う箱に入れているのだが、うっかり同じ箱に入れたのを思い出して、どうなっているかと心配したんだ」
それを聞いた男は、今さらながら全身に冷や汗をかきながら尋ねました。
「では、あれはやはり、夢ではなかったのか?」
すると人形使いは、二つの人形を別の人形箱に入れながら答えました。
「ああ、人形という奴は、長く使うと魂が宿るからな。
人形劇ではこの人形たちは敵同士だから、同じ箱に入れるといつもけんかをしているよ。
人形使いなら、これくらいは誰でも経験する事さ」
「・・・・・・」
それからも人形使いは男の家に何度も遊びに来ましたが、男は二度と人形を預かろうとはしませんでした。
おしまい