4月15日の百物語
神隠し
岩手県の民話
むかしむかし、陸中の国(りくちゅうのくに→岩手県)の金沢(かねざわ)という村に住む若者が、山菜(さんさい)を採る為に山に行きました。
しかし、探し求めているうちに、今まで入った事もない深い谷間に出てしまいました。
(はて? ここはどの辺りだろう? この山の事は、すみからすみまで知っているつもりだったが)
周りはとても木が生い茂っており、昼間なのに夕暮れの様な暗さです。
(これは、とんでもない所へ迷い込んでしまった。とにかく山の上へ登り、上から道を探すとしよう)
若者が谷川にそったやぶを登って行くと、急に辺りが開けてきて、谷のわきに立派な黒い門を構えた家が現れました。
(大きな家だな。この山に、こんな家があったとは)
若者が門の中へ入って行くと家の前は広い庭になっていて、白い花が一面に咲いて甘い花の香りがただよっています。
家の軒先(のきさき)では、十羽ばかりのニワトリがのんびりと遊んでいます。
若者が家の裏へ回ってみると、馬小屋と牛小屋が並んでいて、つながれた五頭ずつの牛馬が静かにエサを食べていました。
しかし、人のいる気配は全くありません。
(誰も、いないのかな?)
男は戸を少し開いて、家の中へ声をかけました。
「ごめんください」
中をのぞくと居間(いま)にはいろりがあって、赤々と炭火がおこっています。
(本当に、誰もいないのだろうか?)
「ごめんください!」
若者はもう一度大きな声を出しましたが、やはり返事はありません。
そこで土間(どま)にわらじを脱ぐと、そっと家の中へ入ってみました。
居間を抜けて次の部屋へ行くと、その部屋には何に使うのかはわかりませんが、とても大きなおけが置いてあります。
次の部屋には、たった今、誰かがお客の食事の支度をしたというふうに、朱塗りの立派なおぜんと食器がきちんと並べられていました。
(これは、どういう事だ?)
若者は気味が悪くなりましたが、さらに奥座敷(おくざしき)ものぞいてみました。
奥座敷には、まばゆいばかりに輝く金のびょうぶがたててありました。
そして真っ赤な炭火の入った火ばちの上では、鉄びんの湯がチンチンと音をたてて煮えたぎっていました。
(うむ。これはきっと、大事なお客が来るというので、主人をはじめ家の者たちみんなで、近くまで出迎えに出たのかもしれないな)
若者は自分でうなずきながら、広い座敷の中を見回しました。
しかし、どんなお客を迎えるのかは知りませんが、すっかり準備の出来上がっている座敷に、誰もいないというのは変です。
(出迎えに行ったというより、まるで人だけが突然消えてしまったようだ。家の者みんなが、神隠し(かみかくし→村や家からなんの前触れも無く人がいなくなる事)に・・・)
若者は恐ろしくなり、庭へ飛び出すとわらじもはかずに逃げ出しました。
そして深い山奥の谷間から、どこをどう走って来たのかわかりませんが、走って走ってやっと見覚えのある山道に出たのです。
その後、若者は不思議な家の事が気になって、村人たちにも山の中の家の事を尋ねてみましたが、誰も知っている者はいませんでした。
若者はそれから何度も山奥くへ入ってみましたが、あの家も神隠しにあったのか、ついに見つける事は出来なかったという事です。
おしまい