4月16日の百物語
サメ殿とキジムナー
沖縄県の民話
むかしむかし、沖縄本島南部の宇江城(うえぐすく→糸満市)という所に、サメ殿と呼ばれる漁師(りょうし)がいました。
サメ殿は肌がサメ肌の様に固かったので、みんなにそう呼ばれているのです。
ある夜の事、サメ殿が海で漁(りょう)をしていると、すぐそばで同じ様に漁をする人がいました。
(はて、誰だろう?)
近くの村人なら、たいてい見覚えがあるはずなのに、どうも見た事がありません。
「やあ、こんばんは」
サメ殿が声を掛けると、相手も返事をしました。
「こんばんは。ここ、魚良く取れるね」
「ああ、今夜は久しぶりに大漁だ。わしの名は、サメ殿だ。あんたの名は?」
「わたし? ・・・ああ、わたし漁終わったから、先帰るね」
相手はそう言うと、どこかへ帰って行きました。
「おかしな奴だな」
その日からサメ殿が夜遅くに漁へ出かけると、必ずあの男がいて、いつも大漁なのです。
「今夜も大漁だな。あんたの方はどうかね?」
「わたしも大漁。ご覧の通りね」
やがて二人は友だちになって、毎晩の様に漁をしました。
ところがその友だちは何度名前を聞いても決して言わないし、顔つきも言葉遣いも普通の人とはかなり違います。
(もしかしたら、あの友だちは人間ではないかもしれない)
そんなある日、サメ殿は漁が終わって友だちと別れた後、こっそりと友だちの後をつけていきました。
すると友だちは当山(とうやま)と呼ばれるさびしい丘を登って行き、そこに生えている大きなクワの木へ吸い込まれる様に姿を消したのです。
「大変だ! やっぱり友だちは人間ではなく、あのクワの木に住むキジムナーだったんだ」
キジムナーとはカッパの様な妖怪で、古い木に住んでいて魚捕りが上手だと言われています。
サメ殿は家に帰ると、この事を妻に打ち明けて言いました。
「明日もキジムナーと一緒に漁へ行くから、お前はその間に干し草を持ってクワの木に行き、キジムナーの家を燃やしてしまうんだ」
次の夜、サメ殿と友だちのキジムナーがいつもの様に漁をしていると、キジムナーがくんくんとにおいをかぎ始めました。
「クンクン。おかしい。家のこげるにおいする」
「家? そんなはずはないさ。気のせいだろうよ」
「いや、確かに、家がこげるにおい。大変ね!」
キジムナーはすぐに漁をやめると、大急ぎで帰って行きました。
でもすでに遅く、キジムナーが戻った時にはクワの木はすっかり焼けこげていました。
その日からキジムナーは姿を見せず、サメ殿はキジムナーと別れる事が出来たと大喜びです。
その頃、家を燃やされたキジムナーは、新しい住みかを探して国頭(くにかみ→沖縄本島北部)まで行ったそうです。
それから数年後、サメ殿は首里(しゅり→昔の沖縄の都)の町へ出かけて、幼なじみの友だちとお酒を飲んでいました。
すっかり酔って気の大きくなったサメ殿は、今まで誰にも言わなかったキジムナーの事をしゃべり始めたのです。
「そんなわけでな。わしは嫁さんに言いつけて、キジムナーの家を燃やしてやったんだ。それ以来キジムナーの奴は、出て来なくなったぞ」
すると、それを聞いた幼なじみが、急に怖い顔になって怒り出しました。
「あんた友だちに、そんなひどい仕打ちしたか! たとえキジムナーでも、あんたに何したか! あんたは、悪い男だ!」
「おいおい、何をそんなに怒っているのだ? 相手はキジムナーだぞ。・・・お前は!?」
何と一緒にお酒を飲んでいたのは幼なじみではなく、あのキジムナーだったのです。
「悪い男! 罰受けるね!」
キジムナーはそう言うと、持っていた小刀でサメ殿の指と指の間を切りつけました。
「痛い! 何をする!」
サメ殿は切られた手を押さえながら村へ帰ると傷に薬を付けましたが、不思議な事に血が全く止まらず、サメ殿は苦しんだあげくに死んでしまいました。
沖縄のキジムナーは、ガジュマルやクワの大木を住みかとして、人間には危害を加える事はめったにありません。
それどころか友だちになった人間に、幸福をもたらしてくれるのです。
しかし人間が裏切ったりすると、サメ殿にした様にひどい仕返しをするのです。
また、サメ殿は『鮫殿』と書き、沖縄の言葉では『サバムイ』と読むそうです。
おしまい