4月19日の百物語
峠の一本足
奈良県の民話
むかしむかし、十津川(とつかわ→奈良県吉野郡)の奥の伯母子岳(おばこだけ)という山の峠(とうげ)に、人間を食べる『一本足』という足が一本の化け物が現れて、峠を通る人たちを襲う様になりました。
ある日の事、高野山(こうやさん)の西に住む猟師が、この山の峠(とうげ)で美しい娘を見かけました。
「おや? こんな所に娘が一人でおるとは、奇妙な事じゃ。
この辺りには一本足の化け物がおるというが、もしやそれでは」
猟師は用心の為に、いつでも鉄砲が撃てる様に引き金に指をかけました。
すると娘が猟師を見て、不気味にニヤリと笑ったのです。
猟師は恐ろしくなり、思わず鉄砲の引き金を引いてしまいました。
ズドーン!
(しまった、撃っちまった)
猟師は、もし娘が普通の人間だったら大変だと心配しましたが、でも娘は笑いながら、飛んで来る鉄砲の玉を両手の手のひらでピタリと受け止めたのです。
「やはり、化け物だったか!」
猟師はすぐに新しい玉を鉄砲に込めると続けてもう一発撃ちましたが、娘はその玉も両手で受け止めると、笑いながらゆっくりと猟師の方へとせまってきました。
怖くなった猟師は鉄砲に次の玉を込める事が出来ず、思わず涙を流しながら娘の化け物に言いました。
「まっ、待ってくれ。
あと十日、いや、七日だけでいい。
どうか、わしの命を取らないでくれ。
七日後には、必ずここに戻るから。
お願いだ」
「・・・・・・」
娘の化け物は何も言わずに、そのままやぶの中へ消えて行きました。
猟師がその後ろ姿を見ると、やはり娘は一本足でした。
何とか無事に家へ帰った猟師は、それから神社へ毎日出かけると、神さまに祈りました。
(山の神さま、どうか一本足を退治する方法を教えてください)
すると六日目に、神さまからお告げがあったのです。
『玉を二つ一緒に、鉄砲に込めて撃て』
一本足と約束をした七日目の朝、猟師は一本足と出会った峠へ行きました。
するとやぶの中から、あの時と同じ美しい娘の一本足が現れました。
猟師が一本足に鉄砲を構えると、一本足がけらけらと笑います。
「あはははは。鉄砲なんて無駄なのが、まだわからないの?」
「無駄かどうか、やってみないとわかるもんか! くらえ!」
ズドーン!
猟師が引き金を引くと、一本足は飛んで来た玉を両手でピタリと受け止めました。
しかし遅れて飛んで来た二発目の玉は受け止められず、一本足はその場に倒れてしまいました。
猟師はすぐに新しい玉を込めると、倒れた一本足に鉄砲を向けて言いました。
「お前は約束通り、わしを殺すのを七日間待ってくれた。二度と人の命を取らないと約束するなら、お前を助けてやろう」
すると一本足が、猟師に言いました。
「お前は猟師で、動物の命を取って暮らしているのだろう。
それはわたしも同じ、わたしも人間の命を取らねば生きてはいけぬ。
だから一年のうち、十二月二十日だけは、ここを通る者の命をもらいたい」
「・・・確かに。
わしも動物たちから見れば、命を奪う化け物だな。
わかった。
十二月二十日だけは、許してやろう 」
猟師がそう言うと、一本足はうれしそうにやぶの中へ消えて行きました。
今でも十二月二十日は『果ての二十日』と言って、山に入る事を禁じている地方があるそうです。
おしまい