4月23日の百物語
老母とヘビ
東京都の民話
むかしむかし、江戸の役人が、用事で大阪へと出かけていきました。
その留守宅には、年老いた母親と嫁さんが残っています。
ある日の昼下がり、嫁さんが手洗いに入ろうとすると、茶色のまだらもようのヘビが体をくねらせながら窓の外へ出て行こうとしていました。
「キャーーー!」
嫁さんは、思わず声をあげました。
「何事です!」
その声を聞いた老母が飛んで行くと、ヘビは窓から姿を消した後でした。
でも、ヘビがはった手洗いの壁には、ピカピカと光る跡がついていました。
「ヘビの跡なんて、気味が悪いね」
老母と嫁さんはヘビの跡を水で洗いましたが、いくら洗ってもヘビの跡は消えませんでした。
それから、五日後の夜の事。
老母がふと目を覚ますと、枕元に大きなヘビがいました。
老母は少しも怖がらず、ふとんの上に座りなおすと、ヘビに向かって静かに言いました。
「よく、お聞き。
お前はこの間、嫁を驚かせたヘビだね。
何かわたしたちに、うらみでもあるのですか?
息子がいない間は、このわたしが家の主です。
言いたい事があるなら、申してみなさい。
もしないのなら、もう出て来てはいけません」
するとヘビは、ぺこりと頭を下げて、部屋から出て行きました。
次の日の夜、老母の夢に茶色のまだらもようのある着物を着た、りりしい若者が現れました。
若者は老母に頭を下げると、こう言いました。
「わたしは、昨夜のヘビです。うらみがあれば申せとの事でしたので、こうしてやって来ました」
老母がうなづくと、若者は話をしました。
「あれは、この間の事です。
庭で見つけたカエルが、こちらの手洗いの中に逃げ込んだのです。
追いかけて捕まえようとしたら、あなたの息子に頭から小便をかけられました。
そのためにあちこちのうろこの色が茶色に変わってしまい、同じヘビ仲間から仲間外れにされて、わたしは住処を失ったのです。
そこでそのうらみをはらそうとしましたが、あなたに言われて、こうしてお話しに来たのです」
「なるほど。
それは、気の毒な事です。
息子の事は、わたしからお詫びします。
しかし、住むところがなくなったのは、困りものですね」
「あの、お詫びをしてくださるのなら、どうかお庭のすみに、小さな社をつくってください」
「わかりました。では、その様にしましょう」
老母の言葉にヘビの若者は深々と頭を下げると、すーっと消えてしまいました。
次の朝、目を覚ました老母に、嫁さんがこんな事を言いました。
「お母さま。
これは夢の話ですが、あのヘビが若者の姿になって現れました。
お母さまにうらみのわけを話し、お庭に小さな社をつくってもらえる約束が出来たと言っていました。
それを聞いた老母は、嫁さんに大きく頷きました。
「確かにわたしは、夢でヘビと約束をしました。
ではさっそく、社をつくりましょう」
そこで二人はすぐに大工を呼んで、庭のすみに小さな社を建てました。
するとその日からヘビは姿を現さなくなり、手洗いの壁についた不気味に光るヘビの跡も、きれいに消えてなくなったという事です。
おしまい