6月12日の百物語
あの世で頼まれたことづけ
奈良県の民話
むかしむかし、ある山奥のお寺で、一人の若いお坊さんが修行(しゅぎょう)をしていました。
お坊さんは何日も食事をせずに、一心にお経を唱え続けています。
そんなある日、お坊さんの体が突然動かなくなって、息が止まってしまいました。
するとお坊さんの魂が体から離れて、フワフワと空中にただよいはじめたのです。
お坊さんの魂が風に吹かれて林の中に入っていくと、向こうから年を取ったお坊さんの魂がやって来ました。
年を取ったお坊さんの魂は、ニコニコした顔で言いました。
「どうじゃ。わしに、ついて来ないか。あの世を、案内してやるぞ」
そして若いお坊さんの魂を、あの世見物に連れて行ってくれたのです。
あの世へ来てみると、鬼の魔術で牛にされた人間が重い石を運ばされたり、ムチで叩かれて無理やり働かされている人たちがたくさんいました。
やがてその横を、怖い身なりをした人や白い着物を着たやさしい顔の人など、色々な姿の人たちが通りかかりました。
「おっほほほほ。
これは、珍しいものに出会ったな。
あの一行はな、新しく神さまになった人たちじゃ。
戦の神もおるし、学問の神もおる。
ほれ、あれは疫病神で、そのむこうが貧乏神じゃ。
人間にとっては、迷惑な神じゃな 」
年を取ったお坊さんの魂が、ていねいに教えてくれました。
神さまの一行が通り過ぎた後、今度はおじいさんたちの一行が通りかかりました。
おじいさんたちは、若いお坊さんの魂を見つけると近寄って来て、
「わしは、谷川村(たにかわむら)の善兵衛(ぜんべえ)です。元気でいるから心配するなと、伝えてくだされ」
「わしは、大沼村(おおぬまむら)の平助(へいすけ)です。秋になったら大好物のカキを供えてくれと、伝えてくだされ」
などと、次から次へとことづけを頼んでいきました。
「おや、ずいぶんと頼まれたな。
このまま連れて行こうかと思ったが、頼まれた以上、ちゃんと伝えてやらなければならんな」
年を取ったお坊さんの魂は、にっこり笑うと、
「わしはまだ用事があるから、一人で先に帰りなさい。そこが近道じゃ。どこまでもどこまでも、まっすぐ行けばよい」
と、帰りの道を教えてくれました。
そしてまっ暗な岩穴の中をフワフワ飛んで行くと、いつの間にか魂は、自分の体へと戻っていました。
こうして若いお坊さんは息を吹き返して、再びこの世に生き返ったのです。
そして不思議な事に、自分の息が止まっていた時間をたずねると、何と十三日もたっていたそうです。
その後、若いお坊さんはあの世で頼まれたことづけを伝える為に、あちこちの村々を尋ね歩いたという事です。
おしまい