7月10日の百物語
ものを言うネコ
京都府の民話
むかしむかし、山城の国(やましろのくに→京都府の南部)に清養院(せいよういん)と言う、お寺がありました。
ある夏の夜の事、お腹をこわした和尚(おしょう)さんが便所に入っていると、庭の木戸(きど→庭や通路の入口などにもうけた、屋根のない開き戸の門)から、
「これ、これこれ」
と、呼ぶ者がいます。
(はて? 今頃、誰が訪ねて来たのか?)
不思議に思った和尚さんが窓から外を見てみると、部屋の中から和尚さんの飼っているネコがかけ出して来て、庭へと飛び降りました。
そしてネコは慌てて木戸のところへ行くと、カギをはずします。
すると、一匹の大きなネコが現れて、
「こんばんは」
と、人間の言葉でしゃべったのです。
(ネコが、しゃべるなんて!)
和尚さんがびっくりしていると、大ネコはお寺のネコの案内で部屋に入って行きました。
和尚さんが便所の中でじっと耳をすましていると、大ネコが言いました。
「今夜、町で踊りがあるから、一緒に行かないか?」
「うん、そいつは面白そうだ。・・・でも、うちの和尚さんの具合が悪いので、今夜は行けないよ」
「うーん。そいつは残念だな。では、すまないが手ぬぐいを一本貸してくれないか」
「ごめん。その手ぬぐいも、和尚さんがひまなく使っているので、持ち出すわけにはいかないよ」
「そうか。・・・それじゃ、今夜はあきらめるとするか。おじゃましたな」
「ごめんね。せっかく誘ってくれたのに」
お寺のネコは大ネコを庭の木戸まで送って行くと、再び部屋に戻って行きました。
(わしの病気を心配して遊びにも行かないとは、何てやさしいネコなんだ)
和尚さんはうれしくなって、便所を出るとすぐに部屋へ戻りました。
ネコは和尚さんの布団の横で、じっとうずくまっています。
和尚さんは、ネコの頭をなでながら言いました。
「わしの事なら、もう大丈夫。
気にしないで、お前も踊りに行って来い。
この手ぬぐいを、あげるから」
和尚さんは、手ぬぐいをネコの頭に乗せてあげました。
するとネコは何も言わずに、外へ走って行きました。
そして二度と、戻っては来ませんでした。
ネコがいなくなって、和尚さんはがっかりです。
そして、この事を物知りな老人に話したら、
「それは、ネコがしゃべるのを和尚さんに聞かれてしまったからですよ。
ネコはしゃべるようになると、飼い主を噛み殺すと言いますからね。
でもそのネコは、よっぽど和尚さんを大切に思っていたので、だまって出ていったのですよ」
と、教えてくれたそうです。
おしまい
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