7月14日の百物語
ヘビ女房
むかしむかし、炭焼きが仕事の男がいました。
心優しい男ですが、お嫁さんがもらえないほどの貧乏です。
ある日の事、男が炭焼きがまに火を入れると、かまの中に大きなヘビが入っていたのです。
「あっ、これは大変だ!」
男はすぐに火を消すと、かまの中にいたヘビを助けてやりました。
「大丈夫か? もう少しで、焼け死ぬところだったぞ。・・・おっ、そう言えばお前、山でよく見かけるヘビだな。まあいい、もう二度と、かまに入ってはならねえぞ」
男はヘビを、草むらに逃がしてやりました。
その夜、男の家に、美しい娘がたずねてきました。
「わたしは、あなたを山でよく見かけていました。お願いです。どうかあなたの嫁にしてください」
「それはうれしいが、わしは見ての通りの貧乏だぞ」
「はい。貧乏でも構いません」
「そうか、それなら喜んで嫁にしよう」
こうして娘は、男のお嫁さんになったのです。
お嫁さんはとても働き者で、二人の暮らしはだんだん豊かになっていきました。
やがてお嫁さんのお腹に赤ん坊が出来て、男はとても幸せでした。
そしていよいよ赤ん坊が生まれるという時、お嫁さんは男に言いました。
「今から赤ん坊を生みますが、わたしが呼ぶまでは、決して部屋をのぞかないでください」
「わかった。約束しよう」
けれど赤ん坊の元気な泣き声が聞こえると、男は思わず部屋の戸を開けてしまったのです。
「あっ! ・・・お前は」
男は、びっくりしました。
なぜなら部屋いっぱいに大蛇がとぐろをまき、そのまん中に生まれたばかりの赤ん坊をのせて、ペロペロとなめていたのです。
すぐに人間の姿に戻ったお嫁さんは、悲しそうに言いました。
「あれほど、見ないでとお願いしたのに。
・・・わたしは、炭焼きがまの近くの池に住んでいたヘビです。
あなたが好きで嫁になりましたが、正体を見られたからには、もう一緒にはいられません。
赤ん坊が乳をほしがったら、この玉をしゃぶらせてください。
わたしは、山の池に帰ります」
お嫁さんは赤ん坊と水晶の様な玉を置くと、逃げる様に姿を消しました。
赤ん坊は母親が残した玉をしゃぶって、すくすくと育ちました。
「母親がいないのに子どもが育つとは、不思議な玉だ」
やがてこの話はうわさになって、ついに殿さまの耳にも届きました。
「その玉を召し上げろ!」
殿さまの家来がやって来ると、玉を無理やり奪っていきました。
玉を取り上げられた子どもは、お腹が空いて泣き叫びます。
困った男は子どもを抱いて、お嫁さんのいる山の池に行きました。
「嫁さんよ。どうか出て来て、子どもに乳をやってくれ。あの玉は、殿さまに取られてしまったんだ」
すると池の中から、両目をつぶった人間の姿のお嫁さんが現れて、新しい玉を差し出しました。
「この子が泣くのは、一番切ない。大切な玉ですが、これを持って行ってください」
子どもは新しい玉をしゃぶると、たちまち泣き止んで、元気に笑い出しました。
ところがその玉も、また殿さまに取り上げられてしまったのです。
お腹の空いた子どもは、また泣き叫びます。
またまた困った男は池に行くと、その事をお嫁さんに話しました。
するとお嫁さんは、悲しそうに両目をつぶったまま言いました。
「実はあの玉は、わたしの目玉だったのです。二つともあげてしまいましたから、もう玉はないのです」
「そ、それでは、お前は目が見えないのか? ・・・ああ、何とむごい事を」
男は抱いた子どもと一緒に、泣き出しました。
するとお嫁さんは、大蛇の姿に戻って言いました。
「ああ、いとしいあなたやこの子を泣かせる者は許さない。
わたしは今から、仕返しをします。
はやく、高いところへ行ってください。
・・・この子の事は、頼みましたよ」
そして大蛇の姿のお嫁さんが池に飛び込むと、池の水が山の様にふくれあがってどんどんあふれ出ました。
男は子どもを抱えて、夢中で高い方へと駆け上りました。
そして駆け上りながら後ろを振り返ると、池からあふれ出た水がふもとのお城へと流れていきます。
そして水は、あっという間に殿さまもろともお城を飲み込み、どこかへと押し流してしまいました。
おしまい