7月16日の百物語
火の車
東京都の民話
むかしむかし、あるところに、又吉(またきち)というならず者がいました。
若い頃からのならず者で、けんかや賭け事はもちろんの事、時には借金取りの用心俸(ようじんぼう)になって、寝ている病人のふとんまではぎ取ったそうです。
しかしその又吉も今ではすっかり年を取って病気になり、一人娘の家で暮らしていました。
又吉の娘は近所でも評判のやさしい娘で、一生懸命に又吉の面倒を見ていました。
ところが又吉の体は、日に日に弱っていきます。
医者から、
「いよいよ、今夜が峠だ」
と、言われた日の夜、家のすぐ近くに人魂(ひとだま)が現れました。
それを見た近所の人たちは、
「不吉な事が、起きなければいいが」
と、ビクビクしていました。
真夜中頃、又吉の具合が急に悪くなりました。
驚いた娘は、すぐに医者を呼びました。
医者は難しい顔をして、又吉の手の脈をとりました。
「いかんな、心臓がひどく弱っている。・・・だが、今夜を頑張れば、まだしばらくは持つだろう」
ところがその時、家の外が急に明るくなったかと思うと、火の車を引く赤鬼が現れたのです。
赤鬼は家の中に入ってくると、驚いて逃げようとする又吉を抱き上げて火の車に乗せました。
「いやだ! まだ死にたくない!」
又吉は、どこにそんな力があったのかと思うくらいの大声で泣き叫びました。
又吉の娘も、泣きながら手を合わせて頼みました。
「お願いです! どうか父を、連れて行かないでください!」
あまりの出来事に、医者はただ、おろおろするばかりです。
赤鬼は娘と向かい合うと、こう言いました。
「こやつの罪は、死んだからと言って償える物ではない。罪を償うには、生きたまま地獄の苦しみをあじあわねばならん」
そして赤鬼の引く火の車は又吉を乗せたまま、はるか東の空へ登って行ったという事です。
おしまい