8月20日の百物語
ろくろっ首
静岡県の民話 → 静岡県情報
むかしむかし、旅から旅を続ける一人の男がいました。
ある日の事、日が暮れてきたので、男は浜松(はままつ→静岡県南西部)の近くにある村の宿屋に泊まる事にしました。
その夜はあいにく、泊まり客がたくさんいました。
そこで男は美しい女の旅人と一緒に、一つの部屋のまん中にびょうぶをたてて一夜を過ごす事になりました。
夏の夜だったので、いつまでたってもむし暑く、ねむたくてもなかなかねむれません。
男は夜ふけになって、やっと、うとうとしはじめました。
びょうぶの向こうでねている女の人も、やはりねむれないのでしょうか。
いつまでもモゾモゾしていましたが、そのうちに急に起き上がる気配がしました。
(はて。便所にでも行くのかな?)
男はそう思いましたが、けれども隣はすぐに静かになりました。
ところがしばらくすると、びょうぶの向こう側から生あたたかい風が吹いてきました。
そして女の人の白い顔がびょうぶの上にのびあがって、フワフワと部屋の中を動き始めたのです。
男はビックリして、ゴクリと息を飲み込みました。
(さては、隣の女はろくろっ首だな)
男は寝たふりをしながら、暗い部屋の中を動き回る女の白い首を見ていました。
女の首は男の足もとの方へ行ったかと思うと、びょうぶの上を伝わって天井の方へものぼって行きます。
細くなった白い首が、クネクネとのびていきます。
男はろくろっ首が少しでも悪さをしたら、飛びかかっていって長い首をひきちぎってやろうと思いましたが、けれどもろくろっ首は何も悪さをしません。
ただフワフワと、楽しそうに部屋の中を動き回っているだけでした。
だけどそのうちに女の白い首は半分開いた雨戸(あまど)の間から、するりと外へ抜け出して行きました。
(はて。どこへ行くのだろう?)
どうせねむれないので、男は頭をあげると、ろくろっ首がのびていくあとを追って雨戸の間から外へ出て行きました。
美しいろくろっ首は宿屋の前の通りを横切って、お地蔵(じぞう)さんのたっている林の中へ入って行きました。
そして林の奥にある池のほとりまでフワフワのびて行くと、ヘビの様に長い舌を出して池の水をペロペロとなめはじめたのです。
(何だ、水を探していたのか。
のどがかわいていたので、こんなところへ水を飲みに来たのだな。
そう言えば、おれものどがかわいたな)
そっとあとをつけてきた男は、木のかげにかくれてゴクリとのどをならしました。
その時、水を飲んでいたろくろっ首が男の方を向いて、ニヤリと笑ったのです。
(しまった。見つかったかもしれん)
男は急いで宿屋へ戻り、また雨戸の間から部屋の中に入ると、何くわぬ顔をしてねむってしまいました。
さて、次の日の朝の事です。
男より早く目を覚ました女が、びょうぶのかげから男に声をかけてきました。
「昨日の晩は、ずいぶんむし暑かったですねえ。よくねむれましたか?」
「まったく。本当に、むし暑かったですなあ」
男はそう答えながら、ふとんを片付けてびょうぶをとりのぞきました。
女の人はカガミに向かって、髪の毛をととのえていました。
「暑かったけれど昨日は疲れていたのか、わたしはぐっすりとねむって夢一つ見ませんでした」
男はわざと、とぼけた事を言いました。
「あら、そうでしょうか? あなたさまは、不思議な事をなさいましたが」
女の人は口元に手をあてて、笑いをおさえながら言いました。
「はて。わたしが不思議な事を?
それは、どういう事ですか?
不思議な事をしたのは、むしろあなたではないですか」
男が、少し怖い顔で言い返すと、
「あら、わたしが不思議な事? わたしがいったい、何をしました?」
と、言うのです。
「それなら、言ってやりましょう。
あなたは美しい顔をしているが実はろくろっ首で、この部屋の雨戸から抜け出して、向かいの林の中にある池へ水を飲みに行ったではないですか!」
すると女の人が、ケラケラと笑いながら言いました。
「あなたさまは、ご自分の事に気づいてないのですか?」
「何をです!」
「この部屋は、二階ですよ」
「・・・あっ!」
「ようやく、気がついたのですね。
あなたさまが首をどんどんと長くのばして、ずっとわたしのあとをつけてきた事を。
夜中にこっそり女のあとをつけるなんて、あまりいいご趣味とは言えませんね」
「・・・・・・」
男はこの時はじめて、自分もろくろっ首である事に気づきました。
女のろくろっ首はニコニコ笑いながら、男のろくろっ首に言いました。
「ここでこうして出会ったのも、何かの縁。どうです、似た者同士これから旅を続けませんか?」
「・・・いえ、せっかくの申し出ですが」
男は急いで旅のしたくをすると、どこへともなく去って行ったという事です。
おしまい