8月24日の百物語
丸岡城の人柱
福井県の民話
むかしむかし、丸岡城(まるおかじょう)が築城(ちくじょう→城を建てること)された時のお話です。
丸岡城は何度建てかけても、途中で城がくずれてしまって完成しませんでした。
「なぜ、途中でくずれてしまうのだ? もしかして、何かにたたられているのだろうか?」
お城を建てる責任者は悩んだ末、ついに人柱(ひとばしら)を立てる事を考えました。
人柱とは、橋やお城が無事に完成する事を願って、生きた人間を生き埋めにする恐ろしい儀式です。
責任者は、人柱の希望者をつのりました。
しかし、自分から命を犠牲(ぎせい)にして、人柱を申し出る者などいるはずがありません。
そこで人柱の希望者が見つかるまで、築城は中断する事になりました。
その頃、丸岡の城下町(じょうかまち)に、片目の女が息子と住んでいました。
女は片目の上に体も悪いので、とても貧しい生活をしていました。
その片目の女が、人柱の話を聞いて思いました。
(どうせ自分は、大して長生きは出来ない。
このまま自分が死んでしまったら、かわいい息子はどうなってしまうのだろう?
もし息子が、幸せになるならば・・・)
そこで片目の女は、自分が人柱になってもよいと奉行(ぶぎょう)に願い出ました。
「わたしが、人柱となりましょう。ですがその代わりに、どうか息子を武士(ぶし)に取り立ててください」
「うむ、約束しよう」
片目の女は奉行との約束を信じて、人柱になりました。
その後、丸岡城は無事に完成しましたが、どういうわけか、息子は武士に取り立ててもらえませんでした。
丸岡城は無事に完成したものの、その堀は夏になると水面いっぱいに藻(も)が茂り、毎年、藻をからなければなりません。
そして藻をかる日は決まって、小雨がしとしとと降り出すのです。
町の人々はその小雨を、願いが叶えられなかった片目の女の悔し涙だと考えて、
♪あら、いとし、片日の女の涙雨。
と、歌を歌いました。
また丸岡城には片目の蛇が住んでおり、城に住む人たちは片目の女の怨霊(おんりょう)だと恐れたそうです。
おしまい