8月28日の百物語
おばあさんに化けた古オオカミ
むかしむかし、一人の飛脚(ひきゃく)が野宿をしようと辺りを見回すと、少し向こうに大きな木がありました。
「よし、あの木の上がいい。あそこならオオカミに食われる心配はないだろう」
飛脚は荷物になわをつけてなわを腰にゆわえると、木をスルスルと登っていきました。
そして大きな枝に腰をおろすと、なわを引っ張って荷物を引き上げました。
「さて、眠るとするか」
月のない暗い晩で、物音一つありません。
ぐっすりと眠っていた飛脚は、ふと何かの音に気づいて目を覚ましました。
「これは・・・」
ジッと耳をすましていると、木の下の方がザワザワとしています。
木の下を見てみると、暗闇に怪しく光る目がいくつもうごめいていました。
「オオカミだ!」
何と何十匹ものオオカミが、木の下を取り囲んでいたのです。
やがてオオカミたちは集まると、一匹のオオカミがひょいと別のオオカミの背中に飛び乗りました。
そのオオカミの背中に、また別の一匹が飛び乗り、その上にまた別の一匹がと、オオカミたちは次から次へと肩車をしていきます。
「これがうわさに聞く、オオカミばしごか」
飛脚は、生きた心地がしません。
オオカミたちは、だんだんと飛脚のいる枝へ近づいてきましたが、もう少しのところで数がつきてしまいました。
「こりゃ、あかん」
一番上のオオカミが、人間の言葉で言いました。
「誰か、七兵衛(しちべえ)のとこのおばばを呼んで来い」
すると一匹のオオカミが、急いで村の方へと走って行きます。
それを見た飛脚は、首を傾げました。
「七兵衛とこのおばばとは、あのおばばの事か? あのおばばとオオカミと、何のつながりがあるだ?」
しばらくするとさっきのオオカミは、まだらの毛並みをした大きな古オオカミを連れて来ました。
「あれが、七兵衛とこのおばばか?」
飛脚が考え込んでいると、古オオカミが飛脚の方を見上げて言いました。
「よーし、わしが登って行って、人間を食ってやる」
古オオカミが、オオカミばしごを登りはじめました。
そして一番上まで来ると、古オオカミの前足が飛脚のいる枝に届きました。
古オオカミは、もう片方の前足を伸ばして、飛脚の着物のすそをつかもうとします。
その時、飛脚はふところに入れていた短刀を抜くと、古オオカミの片足を切り付けました。
「ギャーーーッ!」
古オオカミは悲鳴をあげて、地面へと落ちて行きました。
それと同時にオオカミばしごが崩れて、オオカミたちはバラバラに逃げて行きました。
「たっ、助かったか?」
やがて夜が明けると、木から降りた飛脚は七兵衛の家をたずねました。
「七兵衛、ばあさまはたっしゃか?」
「うん、元気だったが、ゆうべ手を怪我してなあ。奥で寝ておるわ」
「そうか。じゃあ、ちょっと様子を見てこようか」
飛脚が奥の部屋へ行ってみると、おばあさんが手をさすりながら寝ています。
「ばあさま、どうした?」
「ああ、ゆうべ夜中に小便に行って、転んで手を怪我してしもうたんや」
おばあさんは、向こうを向いたまま答えました。
その様子を見て、飛脚は昨日の古オオカミに違いないと思いました。
(よし、化けの皮をひんむいてやろう!」
飛脚はゆっくり近づくと、ふところから短刀を抜いておばあさんの背中に突き刺しました。
「ギャーーーッ!」
おばあさんは悲鳴と一緒に天井まで飛び上がると、大きなまだらの古オオカミの正体を現して、ドサッと落ちてきました。
「やっぱり! ばあさまに化けていたな!」
物音に驚いて駆け込んできた家の人たちに、飛脚は昨日の出来事を話して聞かせました。
「本物のばあさまは、この古オオカミに食われてしまったのだろう」
そこで家の者がおばあさんの部屋の床下を調べると、この古オオカミに食い殺されたおばあさんの死体が出てきたそうです。
おしまい