9月10日の百物語
朱の盤の化け物
むかしむかし、旅の侍が一人、村はずれのさみしい野原にさしかかりました。
このあたりには、『朱の盤(しゅのばん)』と呼ばれる妖怪(ようかい)が出るとのうわさです。
「ああ、日は暮れてくるし、心細いなあ。化け物に、会わねばよいが」
侍が足をはやめると、
「しばらく、お待ちくださらんか」
と、後ろから、呼び止める者がいます。
侍が恐る恐る振り返ると、そこにいたのは自分と同じような旅の侍でした。
あみがさをかぶっているので顔はわかりませんが、侍に間違いありません。
「さしつかえなければ、ご一緒願いたいのですが」
「そうですか。
実はわしも、道連れが欲しかったのです。
このあたりには、『朱の盤』とかいう化け物が出るとのうわさですから。
・・・聞いた事が、ありませんか?」
すると、後からきた侍が、
「ああ、聞いた事がありますよ。なんでもそれは、こんな化け物だそうで」
と、言って、かぶっていたあみがさを、パッと取りました。
するとそこから現れたのは、碁盤(ごばん)の様に角張っている、朱(しゅ)に染まった、まっ赤な顔で、髪の毛はまるで針金の様にごつごつしており、大きな口は耳までさけています。
そしてひたいには、角が生えていました。
これはまさしく、朱の盤の化け物です。
侍は、
「うーん!」
と、目をまわして、気絶してしまいました。
そしてしばらくしてから、はっと我にかえった侍は、無我夢中で野原を駆け抜けて行き、やがて見えてきた家に飛び込みました。
「お頼み申します!」
するとその家には、おかみさんが一人いるだけでした。
「まあまあ、いかがなされたのですか?」
「まずは水を一杯、飲ませていただきたい」
「はい、ただいまさしあげますよ」
おかみさんは台所の水がめのひしゃくをとって、侍に渡しました。
一気にそれを飲んだ侍は、おかみさんに話しました。
「実は、野原で道連れが出来たと思ったら、朱の盤の化け物だったのです。」
「おや、それは恐ろしい物に会いましたね。
朱の盤に会うと、魂を抜かれると言いますから。
・・・して、その朱の盤というのは、もしや、こんな顔ではありませんでしたか?」
おかみさんは、ひょいっと顔をあげました。
そこにあったのは、朱に染まった四角い顔に、耳までさけた口に、針金の様な髪の毛に、ひたいの角です。
「うーん!」
侍は、またまた気絶してしまい、次の日になって我にかえりましたが、朱の盤に魂を抜かれたのか、三日後に死んでしまったという事です。
おしまい